クレアの部屋は二階にあった。というか、二階が住居スペースになっていて、一階まるまる店舗になっているような、良くあるタイプの住居兼店舗だった訳である。それについては語る必要はないだろうし、語るに落ちると言ったところだろうか。いずれにせよ、それについて長々と供述したところで何の意味もないのだから。
「さあ、入って良いの」
「……そう、言われてもな」
 クレアの部屋は、ピンクのラグの上にちゃぶ台みたいなテーブルが置かれていて、壁際にベッド、窓側の壁に本棚と勉強机があるぐらいの普通の部屋だった。良く見ると自分用のテレビまで用意されている。そう考えると普通の部屋を超えない、普通オブ普通なんじゃないかなんて思ってしまう。いや、何だよ、普通オブ普通って。
 僕は適当に床の上に鞄を置いて、そのまま座ることにした。クレアは勉強机の傍に鞄を置いて、椅子に腰掛けた。机の上には、分厚いハードカバーの本が出しっぱなしになっている。それについて、下の階に居たあの人――確か最上さんとか言っていたっけか――は何も言わないのだろうか。少々疑問は残るが、とにかく問題は一つある。――話をいつ切り出せば良いのか、ということだ。クレアの言っていた捜し物、それについて聞いても良いのだろうけれど――ってか、それを聞くためにわざわざいつもの通学ルートを外れてやって来た訳なのだけれど――僕としては、やはりプライベートにずけずけと土足で踏み荒らすのはどうか、なんて思う訳だ。それぐらいの常識ぐらい持ち合わせているとも。
「……先ず、居候制度について説明するの」
 ああ、先ずそれからか。僕はそう思って、頷く。
「簡単に言えば、魔法都市外に、未成年の魔法使いが暮らしていくためには、二つの方法しかないの。一つは、一人暮らしをすること。そしてもう一つは、居候制度を活用すること。でも、前者については、十八歳にならないと使えないの。こっちの世界のルールに則って行動しないといけないから、もしそれを破ってしまうと、こっちの世界の法律で罰せられてしまうの。特別な階級だ、なんてたまに聞いたことはあるでしょう? 魔法使いは、政府にも協力しているから、それなりの立場だって。でも、そんなことはないの。外に出れば、一般人と同じ扱い」
「……そんなものなのかい」
「そして、居候制度を活用するためには条件が必要なの。それは、元老院に許可を貰わなくてはならないということ。私も……いいや、正確に言えば、どの魔法使いだって、居候制度を活用してる以上は、誰だって元老院に許可を求めないといけないの。元老院というのは、こっちの世界で言うところの、政府みたいな扱いなの」
「つまり、国が許可を出さないと、外に出してくれないってことか。まあ、良く出来ていると言えば出来ている制度だよな。だって、技術の流出をなるだけ防ごうと思っている訳だろうし」
「……そして、私がそんなことをしてまでここにやって来た理由、それは――」
 クレアは、一拍置いて、そして結論を述べた。
「――行方不明になった、私のお父さんを見つけるためなの」


  ◇◇◇


 クレアのお父さん――黒津空我は、魔法都市でも一二を誇る研究者だったらしい。自らも魔法の技術を理解しており、それをいかにして魔法使いの人間にも魔法を使えるようにならないか、ということをひたすら研究していたらしい。そして、数年前にその分野でこちらの世界の学会で発表する予定があったらしいのだが――。
「でも、それをするために魔法都市を出たのが最後、だったということか……」
「そうなの」
「でも、おかしくないか? 関所みたいな……そういう場所には映り込んでいなかったのか? それに、ここは科学技術の水準が高い国家だぜ? 監視カメラや、そうじゃなくても人目についていることだってあるだろうよ」
「でも、見つからなかったの。見つかることはなかったの。どうしてなのかは分からない。分からないけれど、消息を絶ったの」
「……名古屋にやって来た理由は?」
「この辺りでお父さんが見つかった、という証言があったの。だから、お父さんの手がかりを少しでも探すために……」
「そうだったのか」
 僕は、先程やって来たアイスココアを一口飲む。甘すぎず、苦すぎず、ちょうど良い味付けだったと思う。上に小さく生クリームがのっかっているのがポイントだろうか。
「でも、この街は広いぞ。そう簡単に見つかるとは思わないが――」
「見つかるの、絶対に」
 これ以上、周りがとやかく言う必要もないのかもしれない。それは、どちらかと言えば、彼女の気分を害するだけに過ぎないのだから。少なくとも、僕はそう思うことしか出来なかった。
 それから僕達は、色々と話をしたのだけれど――その中で得られた結論としては、先程話が上がった以上の話は何一つとして存在しなかった、ということだろう。要するに、彼女も未だ居場所を突き止めている最中なのだ。それについては水を差すことはしない方が良いだろう。そう思った次第だ。
 日が暮れてきたので時間を見ると――もう五時を回っていた。別に門限がある訳ではないけれど、取り敢えず急いで帰るに越したことはない。そう思って、僕は立ち上がる。
「もう帰るの?」
「うん。だって、もう夕方だからね。今から帰るとなると、バスの方が早いかな……。クレアの家の近くにバス停があっただろう? そこから僕の家までは一本なんだ。だから、運賃さえ用意してあれば問題なし。と言っても僕の場合はICカードになる訳だけれどね。そっちの方がポイントも貯まるし」
「送るの」
「良いよ、別に。一人で帰ることが出来ないなんて訳でもあるまいし」
「違うの。――もし、同業者が居たら大変だから」
「同業者? それってつまり、魔法使いのこと?」
「一度魔法使いと関わった人間には、『魔法使いの匂い』が染みついてしまうの。そして、魔法使いはそれを察知出来る能力を持ってるの。ここのような、魔法使いが住処としてる場所は、秘匿の護符を使って守っているから問題ないけれど……、でも、カズフミのような一般人はそうはいかない。もし、魔法使いに知られたら、そこから魔法使いに繋がるかもしれない、と思って他の魔法使いがやって来るかもしれない」
 何だよ、それ。だったらどうしてクレアは僕と交流を持つことにしたのだろうか。
「それについては……ごめんなさい、と言うしかないの。でも、最初に私の領域に踏み込んできたのは、カズフミなの。それだけは理解して欲しいの。あなたがやって来なければ、何も始まらなかった。けれど、あなたは何も知らずに足を踏み入れてしまった。だから、私はあなたを全力で守る、そう決めたの」
「それは有難いんだけれどさ……。どうして、僕なんかを守ることに決めたんだい? 別に、突き放す手だってあった訳だろう?」
「確かにそうする手もあったのだけれど――でも、あなたは何か違うような気がして」
「うん? それっていったいどういうこと?」
「何だろう……。分からないの。けれど、あなたから足を踏み込んだ以上、あなたにも協力してもらいたいの。生憎、私はこの街のことは何も知らない訳だし」
 それを聞いて、僕は深々と溜息を吐く。
「まあ、別に嫌という訳じゃないけれど……」
「それなら、これを渡しておくの」
 そう言ってクレアは何かを渡してきた。それは木で出来たホイッスルのようなものだった。何だろう、防犯ブザーなら既に持っているしな――。
「それは、『魔女の笛』と呼ばれてるものなの。まあ、今は魔法使い全体で使ってるから、名前のちぐはぐ加減はあるけれど、それについては気にしたら負けなの。その音色は、家系によって微妙に異なってて、その音色を魔法使いは覚えておく必要があるの。その音色が鳴った時、魔法使いは速やかにその場に向かわなくてはならないの」
 何だ、やっぱり防犯ブザーじゃないか。
「どうしてこれを僕に?」
「さっきも言った通り、カズフミにはもう『魔法使いの匂い』が付いてる可能性が非常に高いの。それを考えると、他の魔法使いに狙われる可能性が高いの。でも、カズフミは、魔法を使うことが出来ない。そうすると、魔法使いに対抗する手段がない。じゃあ、どうしたら良いか……という訳で、私はそれを渡すことにしたの。本当はあんまり渡さない方が良いらしいのだけれど……、でも、カズフミが殺されるのは嫌なの」
「僕だって、身勝手に殺されたくないよ。……でも、まあ、有難う。これは大事に受け取っておくよ」
 そう言って、僕はポケットにそれを仕舞い込んだ。


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