食事の感想については語らなくても良いだろう――別にハンバーガーチェーンに怨みがある訳でも何でもないが、しかしながら、そのハンバーガーチェーンの味は普遍的であり、特段気にすることもなかったからだ。誰かが何処かで言っていた気がする。世界一売れているハンバーガーは世界一美味しいのか、ということについて――僕はそれを正しいとは判断しづらいけれど、でもそれが正しいか正しくないかと言われたら、やっぱりそれは人それぞれなんじゃないか、なんて思う訳だ。だって、価値観は人による訳だしね。価値観が皆同一だったら、それはロボットと変わりゃしない。
「これからどうするの」
「ええと……どうしようか。やっぱり近くまでバスに乗るしかないんだけれど」
「だけれど?」
「時間が若干余っているんだよな、次のバスは二十分後だ。……それも、色んな場所をぐるぐる回ってやって来る地域巡回バスだから、普段よりやって来るのは遅いんじゃないかな」
 何せ狭隘な道を通るバスだと聞いている。そのバスが通る道は、自ずと交差点に突入したら、青信号の時間が短くなるのは仕方ないことだろう。それを考慮すると、やはりというか、何というか、このバスを選択したのは半ば失敗したような気がしてならないのだ。
「時間を潰すしかないの?」
「そういうことになるだろうな、歩くには遠いし。仕方ないが、ここは諦めて時間を潰すことにしようぜ。……なあ、クレア。アイスクリームか、フラッペか。どっちが良い?」
「フラッペって……何?」
「要するに飲めるかき氷って奴だな。一階に、フラッペが美味しいコーヒーショップがあるんだよ。コーヒーを混ぜたフラッペだからそんなに甘い訳でもないしね。若干根が張るのが玉に瑕かもしれないが……」
「飲んでみたいの」
 目をキラキラさせて言うクレア。
「まあ、そういう価値観は何処のオンナノコも一緒か……」
「?」
「何でもないさ。さあ、行こうぜ。時間は待っちゃくれないからな。取り敢えず一階へゴーだ」
 そうして僕達はコーヒーショップへと向かった訳だが――結論から言えば、フラッペを飲むことは出来なかった。今の季節のフラッペはコーヒーゼリーを混ぜた少し苦めのフラッペらしく、少し気になってはいたものの、ショップに到着すると見えてきた長蛇の列に、僕達は溜息を吐くことしか出来ないのであった。
 そういう訳で仕方なく妥協案として、僕達はバス停前にあるアイスクリームの自動販売機でアイスクリームを購入して、ベンチで食べている、という訳だ。僕がベーシックなバニラ味、クレアはチョコチップクッキーの入ったアイスクリームだった。
「まあ……これも悪くないんじゃないかな」
「美味しいから、別に何でも良いの」
「そう言ってもらえて何よりだよ……。まあ、ここで食べていれば、バスに乗り遅れることもないだろうしね」
 こういう場所でアイスクリームを食べるのも乙なものだな、なんて思う訳だ。僕としてもあまり経験しないし――小さい頃は経験していたかもしれないけれど、やっぱり年を重ねるにつれてあまり良いとは思わないのかもしれない。それって、大人びたという意味なのか、それとも、大人ぶっているだけなのか――クレアはこういうこと自体経験したことがないのかもしれない。なら、そのどれもが彼女にとって貴重な経験そのものではないだろうか、と思う訳だ。いずれにせよ、それを経験させているのは、僕か、或いは最上さんになる訳だけれど。
「カズフミのアイスも、美味しそうなの」
「美味しそうって……こっちはただのバニラ味だぞ。クレアのアイスクリームからチョコチップクッキーを抜いただけの代物だよ。味だって想像が付くと思うけれど」
「食べてみたいの」
「いやいや……だから言っただろ。味の想像は、」
「食べたいの!」
「……分かった。分かったからこっちを睨み付けてくるな。ほら、これでどうだ」
 僕はクレアの突き刺さるような視線に耐え切れず、クレアの方にアイスクリームを差し出す。クレアはそのまま僕のアイスクリームを頬張ると、また姿勢を元に戻す。
「美味しいの。けれど……やっぱり普通のバニラ味なの」
「そりゃそうだろ。どう見たってバニラ味なんだから」
「でも、実際に確認してみないと、こういうのは分からないものなの」
「シュレーディンガーの猫、ってところか」
「うん? どういうことなの?」
「ああ、分からなくて良いよ。こっちの独り言」
 科学文明に疎いクレアなのだから、シュレーディンガーの猫ぐらい知っているとは思えない。まあ、それについては想像していた通りだった訳だし、それについてクレアに教えようとも思わないのだけれど。別に面倒臭い、という訳ではない。少なくとも、クレアがこの世界で生きていく上であまり必要のない知識だと思ったからだ。だから、言わなかっただけ。
 それにしても――僕は思った。
 クレアは、父親を探している。そのためにわざわざ僕達の住んでいる世界にやって来たのだから。そのためには、恐らく手段を選ばないだろう。とはいえ、所詮は中学生だ。法律に縛られてしまうこともあるだろう。それを考えてしまうのなら、クレアがたとえ魔法使いとして優秀であったとしても、その課題を簡単にクリアすることは出来ないだろう。
 クレアは、こう接してみると、ただの普通の中学生だ。少々無愛想な点があるけれど、それはあまり考えなくても良い。伊野が言っていたけれど、クレアは普通に交流さえしていれば、男子にモテモテだろうにな、なんてのも少し分かる気がする。ただし、クレアとしてはあまり魔法使いということを知られたくないためか、僕以外と交流することを極端に嫌っている訳だけれど。
 クレアは――父親を見つけたら、どうするのだろうか?
 僕の頭に、いつしか、そんな考えが浮き沈みをするようになったのだった。
「……どうしたの、カズフミ? アイスクリーム、溶けちゃうよ?」
 その言葉を聞いて、僕は我に返る。ああ、こうやって考えに浸ってしまうのは、悪い癖だ。家族にも言われている。だから、必ず治さなくてはならないのだけれど、しかし、案外どうしてこういう悪癖って治らないものなんだよな。仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないのだけれど、しかしながら、いつかは治らないといけない時がやってくるのだと思う。こんな変な人間である僕にだって、社会の荒波は容赦なく打ち付けてくるのだから。
「……何でもないよ、クレア」
 僕は溶けかかっていたアイスクリームの欠片を、残さず口に放り込んだ。口の中をバニラアイスの甘い味が覆い尽くす。それは一見癒しのようにも見えて、しかし、それは毒にも近い何かだった。ああ、どうしてアイスクリームを食べると、喉が渇くのだろうか。こういうことって、凄い勿体ないことをしているような気がしてならないのだけれど。
「お茶は……売り切れか。仕方ないと言えば、仕方ないか」
 今日は、ゴールデンウィークにしてはとても暑い日だった。だから冷たい飲料水も売り切れるし、さっきのお店のようにフラッペがめちゃくちゃ売れることもあるのだろう。別に儲かっていない訳じゃないし、それについては僕が気にすることではないだろう。しかし、一点言わせてもらうとすれば、いつも購入しているお茶が売り切れている、という点だろうか。これについては仕方ない。結果的にはお金を節約する結果となるが、ここは富士山の天然水にすることにしよう、そう思って僕はお金を入れてボタンを押した。下の受け取り口からペットボトルを受け取り、バス停を眺めていると、ちょうど駐車場の入口から入ってくるバスが見えてきた。行き先を見ると、僕達が乗る行き先のバスだった。
「クレア、行くよ。僕達が乗るバスがやって来た」
「合点承知なの」
 合点承知なんて今日日聞かないな――なんてツッコミを脳内でしながら、僕達はやって来たバスに乗り込んでいった。


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