「メリット?」
 僕はエレナの言葉を反芻する。それを聞いて、はあ、と溜息を吐いたエレナ。
「普通、協力すると言ったら何か褒賞があるものじゃろう。この場合は、横文字で言えば、メリットじゃのう。私がお前達と一緒に動いて、何かメリットはあるのか、と言いたいのじゃよ」
「メリットは……」
 ――どうしよう。簡単に思いつかない。メリットのことは全く考えていなかった。協力さえしてもらえれば良かった、と思っていた。協力さえ取り付ければあとはどうだって良い、と思っていた。それを考えると、僕達は如何に浅はかな考えで動いていたか、というのが分かってしまう。どうしよう、どうにかしてここを乗り切らなくては――。
「メリットなら、あるの」
 クレアの発言に、僕は救われたような気がした。けれど、同時に、いったいどんなメリットがあるんだ、と思うようにもなってしまった。そのメリットの良し悪しによっては、この場で交渉決裂にもなりかねない。そうなったら、こちらの情報を全て知り尽くした敵が生まれてしまうことになって、こちらにとっては最悪のパターンとなってしまう。
「父さんに何かしてもらうの!」
「……は?」
 唖然とするのも、分かる気がする。僕としても、何故そのような意見を出したのか甚だ疑問だった。というか、それで納得するのもどうかと思うのだよな。だって行方不明になっている自分の父親に、それがいつ見つかるか分からない状態だというのに、その父親に何とかしてもらうってそれはそれでどうなんだ、って話になる訳だが。
「くっ、は、ははは! あはははっ! 面白い、面白いのう、流石は黒津空我の娘といったところか!」
「……何がおかしいの?」
「おかしくない訳がなかろう。おぬし、魔法使いとしての矜持はないのか?」
「矜持?」
「要するに、おぬしが持ってる価値観のことじゃのう。……魔法使いであるならば、先ずはおぬしの使える魔法やそれ以外の関係(コネクション)などで……己の力を鼓舞するものではないのか? にもかかわらず、おぬしがしてることは、一見自分の関係を一番使ってるように見えるじゃろうが、しかし、それは、魔法使いという価値観から考えれば、間違ってることじゃと言えるよ」
「……でも、父さんに会えば必ず何かしてくれるはずだもの」
「そういう話じゃないのよな……。はあ、やはりというか何というか、規格外じゃのう。いや、それとも、もう魔法都市育ちの魔法使いがこんな温室育ちみたいな奴ばかりじゃと言うべきか」
「じゃあ、何なら納得してくれるんだ?」
 我慢できなくなって、口火を切ったのは僕だ。
 クレア達から見れば一般世界育ちの、一般人。きっとエレナから見れば僕も『温室育ち』の仲間入りをすることだろう。そんな僕が、魔法使い同士の会話に、割り込んだ。
「例えば、私がおぬしの立場だとするなら、」
 エレナはクレアの方を指さしながら、言う。
「自らの魔法で何が出来るかを考え、その魔法と相手の魔法の親和性を説き、如何に自分が素晴らしい存在であるかを語り尽くすじゃろうなあ」
「そう言われても……やっぱり私の魔法は時間魔法、その中でもニッチなものでしかないの。だって、それしか父さんに教えてもらってないから。もしかしたら、父さんに出会ったら、色んな魔法を教えてくれるのかもしれないけれど」
 クレアは自らの胸に手を当て、
「でも、信じて欲しいの。私を、私という存在を、黒津クレアという存在を信じて欲しいの。あなたがどういうものを手に入れたいのか、私には正直分からないの。でも、私と組んで、悪いことはないはずなの、絶対に」
「……絶対に?」
「ぜ、絶対に、絶対なの。私は嘘は吐かないの」
「……はあ。それを信じろというのも、些か阿呆らしい話じゃが」
 エレナはアイスティーを一口啜り、
「良かろう。おぬしの話、受け入れようじゃないか」
「……ということは」
「同盟、組んでやろう。……まあ、黒津博士には色々とお世話になったからのう。腐れ縁、という奴じゃ。特例じゃよ、良かったのう?」
 クレアの顔が一気に明るくなる。そりゃそうだろうな、今までこの交渉が決裂する可能性ばかり考えていたんだし。それが解決したともなれば一気に表情が緩むのも分かる訳だ。
「それじゃ、改めて作戦会議と洒落込もうかのう。……ただ、その前に、私の魔法について説明しておこうかのう」
「魔法? 魔法はさっきの鋏を使った奴……ええと、クレアが言ったタイプで言うなら、空間魔法の類いじゃないのか?」
「阿呆。あれはただの『付属』じゃよ。第一、冷静に考えて使い勝手が悪いじゃろうが」
 立ち上がり、エレナは何処かへ向かおうと、部屋の扉の前に向かう。そして、そこまで向かったところで踵を返し、僕達に向かってこう言った。
「案内しよう。私の魔法を教えようじゃないか、『同盟者』」


  ◇◇◇


 エレナの屋敷は本当に広かったが、まさか地下室まで完備しているとは思いもしなかった――しかし、クレアが教えてくれたところによると、魔法使いが地下に魔法工房を持っていることは良くある話なのだとか。最悪地上の建物が魔法かそれ以外の事象で消失してしまったとしても、地下に防護魔法をかけておけば、簡単にこの空間を守ることが出来るのだという。成る程ね、そういう発想をする魔法使いが多い理由も何だか頷ける気がする。
 古い螺旋階段を降りて、一番下に到達する。一番前を歩いているのは、蝋燭を持ったメイドだった。それにしてもこの屋敷に居るメイドと執事は誰も無機質な感じがする。話しても返事をしてくれないというか、反応をしてくれないというか。何というか、まるでロボットと会話をしているかのような――。
「さあ、着いたぞ。ここは、私を含めた土橋家の魔法使い以外は殆どの人間を入れたことがないのじゃがな。とどのつまり、おぬしらは例外中の例外。VIP待遇だということを、理解してもらいたいものじゃのう」
 ポケットから鍵束を取り出し、そのうちの一つで鍵を開ける。そして、扉の中に入った。
 中にあったのは、意外と広い空間だった。古い本棚には、ハードカバーの本が所狭しと並べられていて、その本はタイトルすら読めない。長机の上には、色々な書類や、恐らく魔法に使うのであろう物品が並べられている。そして、部屋の奥には――。
「何だ、これ――」
 巨大な円が床に描かれていた。いや、円だけではない。正確には円を基本構成として、様々な図形、読めない文章がつらつらと並べられている。見たことがあるクレアはこれがなんであるのか即座に理解し、そして僕に補足するかのように発言した。
「――魔方陣、なの」
 


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