第一章2


 目を覚ますと、そこに広がっていたのは白い天井だった。

「知らない天井だ……」

 ぽつり呟いてみたが、慎一からしてみると若干世代はずれている台詞でもあった。
 ただ、あまりにも有名過ぎて、世代じゃなくてもある程度インターネットに精通していれば、知っている知識に過ぎないのだが。

「目を覚ましたかな?」

 それと同じタイミングで、声を掛けられた。
 鈴の音を鳴らしたような声をしていたそれは、目線を下に動かしていくと漸く見つけることが出来た。
 そこに居たのは少女だった。見た目からして、小学生低学年ぐらいだろうか。身長は百三十センチぐらいはあると推定される。白衣は丈があっていないのか、バッサリ切り取られている。それが少しワイルドに見えて、少女とのギャップを演出している。

「……物珍しい表情で見るものかね、これが。まあ、致し方ない。自分の置かれている状況を、未だ理解していないのだろうからな」

 少女は持っていたマグカップを傾けて、何かを啜るような音を立てた。時折、熱いと小さい声を出しているところから推察するに、彼女は猫舌なのだろう。

「まあ、起き上がるが良い。先程、傷は癒えていると報告を受けている。まあ、彼奴がちょっとばかし乱暴なことをしなければもう少し早く癒えていただろうが……。こればっかりは過ぎたことだ」

 少女は言うと、扉の近くにある小さい箱に手を添える。
 すると、扉が勝手にスライドして、彼女の前に道を作り出した。

「……十分後、また会おう。私は分刻みのスケジュールな物でね。ずっと君に感けてもいられないんだ。少しばかりは、理解してもらえると助かるがね」

 そう言い残して、少女は部屋を出て行った。
 何が何だか分からない慎一を残して。


   ◇◇◇


 身体を起こし、部屋の様子を確認する。
 部屋には洗面台があった。正方形の部屋かと思っていたが、実はそうではなく、角に窪みがあった。扉も備え付けられているところを見ると、あそこはトイレなのかもしれない。

「……独房と変わりねえな、これじゃあ」

 独房を実際に見学したことはないし、当然入ったこともない訳だが、しかしインターネットでは幅広い知識を瞬時に得ることが出来る。それこそ宇宙の話から今日の晩ご飯まで、その範囲は幅広い。
 独房とは言い切ってしまったものの、白い壁と天井で統一されているところから推察するに、そこまで狭苦しい感覚はない。
 しかし、窓がない部屋というのは、やはり閉塞感を満足させてしまうものだ。

「ここは病院……ではないだろうな。病院だったら……というか、普通の建物だったら、窓の一つや二つ、部屋に設置されていてもおかしくはないし」

 最初の可能性として考えられていた、病院はここで排除。
 では、次の可能性は?

「お目覚めのようだね。……この部屋には慣れてくれたかな?」

 しかし、そこでタイムアップとなった。
 またあの白衣を着た少女が、扉を開けてやって来たのだった。

「少しは歩けるかな? ……不安がらなくても良い。君の疑問は、全てとまではいかないだろうが、ある程度は解決出来るはずだろうからね」


   ◇◇◇


 部屋の外に出ると、通路があった。
 そして、その通路もまた白い壁と天井で統一されていて、遠近感が掴みづらくなっていた。

「……どうしてこんな仕組みになっているんだ?」
「一応、線が引かれているだろう? あと、ここは元々研究施設として建設された経緯がある。まあ、今も半分そのために使われているのだけれどね。研究施設としての名残が、未だに残されていると言われれば、少しは納得してもらえるかな?」
「納得……するというか、しないというか……。実際、これが何か役に立っているのなら分からなくもないけれど、ただのデザインだというなら少しは疑問を持っても良いかな」
「懐かしいと思うことは?」
「えっ?」

 突然そんなことを言われてしまった慎一は、思考が停止してしまった。
 違和感を覚えることはあったとしても、そこに懐かしさを感じることはなかったからだ。

「……いや、そう言ってもピンと来ないってことは……、つまりそういうことなのだろうな。致し方ないことだけれど、まあ、それは追々分かることだからね」
「さっきから独り言を続けているようだが、それは俺に何か関わりがあるのか?」
「だから言っただろう。……嫌という程、これから関わることだってね」

 突き当たりにある扉を開けると――開ける、と言っても実際は自動ドアだから、開ける動作は必要ないのだが――、そこには大きなテーブルが置かれている部屋が広がっていた。
 テーブルだけではなく、等間隔に椅子も設置されている。元々は何か会議をするためのスペースだったのかもしれない。慎一はそう自己解決すると、少女に問いかける。

「……ここは?」
「ここしか空きがなくてね。致し方ないのだが、ここで説明を受けてもらうことになるよ。なに、そんな難しい話ではない。少しばかり、君の過去にも関わりのある話だよ。さて、それじゃあ……先ずは何処から話そうかな」

 少女は頭を掻いた後、漸く一つの糸口を見つけたのか、開口一番こう語り出した。

「君の両親はお元気かな? ……確か今君は、独立していると聞いていたが」
 



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