夏バテ防止の食べ物 (メニュー:ウナギの蒲焼き)


 ドラゴンメイド喫茶、ボルケイノ。
 どの異世界とも交流することの出来る第666次元軸に存在するこの喫茶店は、今日も暇を持て余している。

「ケイタの世界では、夏と呼ばれるとても暑い季節がある……と聞いたことがあるが」

 あまりにも暇なので、カウンター越しにメリューさんと話をしていた。
 話のテーマは、俺の住んでいる世界の話だった。

「まあ、確かにありますね。年々暑さが酷くなってきていて、四十度とか超えるのも良くあるんですよ。もう冷房は絶対に欠かせないですし、脱水症状で病院に入院する事例だってありますし……。とにかく、とんでもない季節であることは間違いないですね」
「四十度。はて、どれぐらいだ?」

 温度の概念が異世界とこちらとでは違うから、それも説明しなくてはならない。
 一応何度か説明はしているのだけれど、そう覚えることもないよな。致し方ない。

「お風呂があるでしょう」
「うん」
「お風呂の温度と同じぐらい。それが四十度です」
「……何か訓練でも受けているのか? ケイタの世界は」

 いいえ、全く。
 至極当たり前の夏の日常です。
 言っていて、確かにおかしい温度ではあるけれど、しかしながらそれは事実だ。

「しかし、それでも何も対策していないのはどうなんだ?」
「別に何も対策していない、とは一言も言っていませんけれど……」

 言った記憶など、全くない。
 もしかして、無意識のうちに何か言ってしまったか? だとしたら、不味いな……。

「いや、そんなことないから」

 そんな懸念を即座に否定したのはサクラだった。
 サクラも最近忙しいんだよな……。何だっけ、文化祭があるんだったかな? 最近日常エピソードが少なすぎてつい忘れてしまうのだけれど。

「忘れないでもらえる? 一応、あんたも通っている学校のはずだけれど」

 そりゃあそうだよ。
 学生だから、こうやってバイトにも打ち込める訳じゃないか。
 サクラは頭も良いから、俺よりはボルケイノに来ることはないけれどね。

「文化祭、文化祭……か。良く分からないが、お祭りというのは聞いたことがあるが?」
「お祭り……。まあ、間違ってはいないですね。学生が中心となって、一つのお祭りを作り上げるんです。時間も手間も掛かりますけれど、無事に完成した時は感動しますね」
「サクラって去年も文化祭の実行委員だったっけ?」
「手伝いはしていたけれど、正式なメンバーではなかったかな。……というか、ああいうのって例え雑用の下っ端であろうとも、無事に終了したときは感極まるものとばかり思うけれど?」

 そう感じるのは、サクラだけでは?
 とまあ、それは言い過ぎか。

「文化祭ねえ……。面白そうだけれど、それって外部の人間が参加しても良いものなのかな?」
「まあ、広く門戸を開けていますから、誰だって……」
「流石にメリューさんはやめた方が良いと思うけれどな」

 俺の言葉に、メリューさんは首を傾げる。

「ケイタ、どうして私が行きたいって分かったんだ?」
「そりゃあまあ……。根掘り葉掘り聞いていれば、興味があるのかな??ってのは容易に想像が付くじゃないですか」
「それだけで?」
「それだけですよ?」

 それ以外に語ることは、何一つとして存在しない。

「……まあ、確かにね。ほんとうは参加してみたいところではあるけれど、ケイタの居る世界は、私達のような存在は生息していないからな。もし仮に姿を見られてしまったら……どうなると思う?」
「研究対象になってしまうのでは? 剥製にされてしまうかも。いや、人の言葉が喋れるから、人権団体が動き出すかもしれないけれど……」
「可能性は、どれも捨てきれないですけれど。でも、確かに可能性が一つでもあるというのなら、危険を冒してまで出向く必要はないと思いますよ」

 サクラが、助け船を出してくれた。
 そして、言っていることは百パーセントその通りだ。

「そうか……」
「後で写真を見せてあげますから。それで納得してもらえませんか?」
「……写真、写真か。まあ、確かにそれでもありではあるけれど……」

 一気にやる気をなくしてしまったではないか。
 もっと何か……やる気が出るもの、元気が出るものはないものか。
 例えば精の付く食べ物とか……。

「あっ」

 あるじゃん、一個だけ。
 いや、いっぱいあるんだけれどさ。
 精の付く食べ物の代名詞と言われていて、この暑い時期に食べれば良いと言われている??ある食べ物が。


◇◇◇


「ウナギ?」
「そう、ウナギの蒲焼きを作ってもらえませんか?」

 何か話し込んでいるうちに時期が少しばかりずれてしまったような気もするけれど、一度走り出してしまっちゃえばそんなことは些事だ。
 というか、別に良いのさ。
 ウナギは食べたいときに食べれば、それで。

「何かそれっぽいことを言っているけれど、そんないつでも食べられる代物でもないよね?」

 サクラの言葉もごもっともだ。
 今回は、俺が買い出しに出掛けたのだけれど、なんと七人分で一万五千円もしてしまった……。いや、待て待て。ウナギだぞ? 国産にしようか一瞬悩んだけれど、初めてのウナギだから奮発して国産にしちゃえと購入してきたが、ウナギ……ウナギが、こんなに高いのか? 何だか毎年、どんどん値上げしているような気がする。もうウナギは贅沢品扱いだ。

「まさか異世界でウナギを食べられるとは思わなかったよ」

 サクラは笑いながらカウンターで待っている。メイドなのだからもっと何か別の仕事がありそうなものだけれど、まかないだから別にどうだって良いのだ。

「ウナギとやらは、高いと言っていたが……。良くもまあ、こうやって手に入れることが出来たね」

 メリューさんの言葉に、俺は頷くことばかりしか出来ない。
 まあ、一応お金はボルケイノ持ちであることは間違いない……。それが日本円で支払ってくれるのだから、まあ未だ許せる。何を許すのかどうかは置いておくとして。

「これをどうすりゃ良いんだ?」

 流石にウナギを生で購入するわけにはいかなかった。
 生、というよりか、何というか蒲焼きをそのまま購入せざるを得なかったのだけれど。

「このままだと、タレがついているんで、一度洗い流してもらえますか?」
「え……? ケイタ、お前正気か?」

 メリューさんが目を丸くして俺に問いかける。
 言いたいことは分かる。
 されど、それは事実だ。

「何かテレビでやっていたんですよね……。ウナギをスーパーで購入すると、元々ついているタレが結構甘めになっているから、それを洗い流して改めてウナギのタレをかけてあげると良い、って」
「良く分からんが、信用していないってことだなこのタレを……」

 そりゃあ、そうですよ。
 スーパーのタレは美味しいのだけれどね。どうせ食べるなら、専用に作られたタレをわざわざ購入しているのだから、そちらを使っておきたいところではある。ご飯にもたっぷりかけておきたいし、タレとタレが喧嘩しないようにする必要があるからね。

「成る程な、難しいな……。しかし、学びを得られるのは有難いことだ。食への追求は、留まるところを知らないな。永遠に楽しめるかもしれない」

 そう言いながらメリューさんはウナギを洗い出す。
 タレが塗りたくられたウナギが、徐々にその色を失い、白色に染まっていく。とはいえ、焼いていてタレが染み込んでいるのだから、完全な白色になることはないのだけれど。

「これは焼けば良いのかな?」

 タレを洗い流したウナギの蒲焼きを持って、さらに質問してくる。
 まあ、温めれば良いのだけれど、電子レンジとかないし、焼けば良いのかな? 変な焦げ目がついていなければ良いし、皮に焦げがあるのは良いことだと思う。多分。

「そうですね、それを焼いて……。じゃあ、こっちは丼にご飯をよそえば良いですか?」
「ああ、既にライスは炊いてあるし、そのまま乗せれば良いのか?」
「いや、タレをかけます。馴染ませるというか、何というか……。ご飯にタレをかけると美味しいんですよ。それだけの弁当も販売しているぐらいです」
「……メインディッシュが入っていない弁当が、ほんとうに売れるのか?」

 売れるんですよねえ、それが。
 その弁当を食べたことはないですけれど。
 とにかく、ウナギを食べるのだ。
 そのための準備をメリューさんがしてくれているので??俺は、待つばかりしか出来ないのだった。


◇◇◇


「はい、お待ち遠様」

 メリューさんが持ってきたのは、平皿に盛られたうな丼だった。
 平皿というのは、あんまり見たことがないけれど、まあこれはこれでありだろうなって思った。
 さて、味はというと……。
 うんうん、文句のつけようがないな。何故ウナギを食べないといけないのか、ってことを毎年延々考えることになるのだけれど、結局美味しいから食べ続けるんだよな。値段は毎年上がっていく一方だから、そう簡単に食べられるものではないけれどね。強いて言うなら、回転寿司に行けば百円台で食べられるかな? それぐらいだ。

「うん。ふわふわしていて、美味しいね。確かに力がつくような……、そんな感じがするな。これ、こっちの世界にはないものかね? 何処かの世界にはありそうな気はするけれど……」
「あるんじゃないですか? 結構、異世界の食材でも再現出来ているケースもありますし。もしかしたら、案外再現出来ちゃったりして」
「それならそれで面白いな。メニューに入れてみようか」

 うちにメニューなんてありましたっけ?
 正しくはレパートリーの間違いだったりしませんかね。
 まあ、そんな細かい指摘をする必要もあんまりないのだけれど。

「いやー、ウナギはやっぱりいつ食べても美味しいものだよね」

 サクラがずっとウナギを食べていたのだけれど、漸く口を開いた。

「サクラ、お前ずっと無口で食べていたけれど……」
「食べている時って、あんまり喋らないようにしているのよね。汚く見えちゃうし」
「そりゃあ間違いないな」

 ウナギを食べると、勢力が付く??そう言われている。
 確か一年が健康で暮らせるようになるとも、そう言われていたかな。
 今後もボルケイノは続いていくのだろうし、頑張っていかないといけないよな??俺はそう思って、再びうな丼を食べ始めるのだった。


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