9 情報屋マナ


 ハンターの装備を調えたルサルカと一緒に、ユウトはアネモネへと帰って来た。装備を調えたからといって、いきなり遺跡へ向かう程、スパルタなやり方をしようとは考えていない。一先ずは装備に慣らしてから、ハンターとしての任務に就かせるのが自然であると考えていたからだ。

「……にしても、どっと疲れが出たな。値段的には、お買い得だったから結果オーライではあるんだけれどさ」
「おー、おかえり。結構良い装備じゃないか。ただの鎧でも買って来たらつまらない男だね、と文句の一つでも言ってやろうかと思ったけれど、それなら問題ないね」

 マスターの向かいに座っている、黒いフードを被った女性がそんなことを言っていた。
 それを聞いてユウトは、そのまま隣の椅子に腰掛けながら、

「マナか。……最近姿を見せないと思っていたら、こういう時には顔を見せるんだな?」
「ハンターで稼げない人間は色々と大変なのさー。足で稼ぐ、というか……或いは頭脳労働ともちょっと違うしね」
「あの……、こちらの方は?」
「私はマナ。この第七シェルターでしがない情報屋をやっているよ。まぁ、情報を買いたくなったら宜しくね」
「情報……屋?」

 ルサルカは聞いたことのない単語が飛び出たからか、首を傾げてしまう。
 それに対して、ユウトが補足説明を始める。

「要するに、欲しい情報を高値で売りつける、って訳だ。まぁ、情報にはそれなりに価値があるんだろうけれど、大半の人間はそれだけの価値があるなんて分かりゃしないからな……」
「そこまで言うなら、何も教えてやらねーぜ? 最近のトピックとかな!」
「それを俺が聞いたところでどういう反応すりゃ良いんだよ……。少なくとも、関係がないならさっさと無視するに限るね。ルサルカだって、疲れただろう? 今日は慣れないことをし続けていた訳だし……、実際、表に出るのはこれからだからな。ハンターライセンスを手に入れて、漸くスタートって言えるだろうし」
「おいおい。私の話を無視してもらっちゃあ困るな。それとも最近そういうゲームをするのがブームだったりする? だとしたら性格が悪いからさっさと辞めた方が良いと思うぜ」
「勝手に考えて勝手に解決するなよ……。取り敢えず、それについては明確に否定しておく。後々面倒なことになったら、こっちが困るからな」
「……結構、扱いに慣れているのですね?」
「長い付き合いだからねぇ、ユウトとマナは」

 三人の会話に割り込んで来たのは、先程二階から降りてきたケンスケだった。

「また面倒な奴が出て来たな……」
「まぁ、そう言わさんなって。それよりマナが話したいことはそんな簡単なことで片付けられることじゃねえんだぜ。……知っているかもしれないけれど、割と重要な事実だったりする訳だし」
「そこまで勿体ぶるなら、聞いてやろうじゃねーの」

 ユウトは楽に座っていた体勢を少しだけ正した。

「ただし、良い情報だと判断しなかったら、金は出さねーからな」
「手厳しいねぇ……。あと、私が持って来た情報は良い情報というよりも、面白い情報なんだけれどね。……ユウト、最近第七シェルターで通り魔事件が発生しているのは知っているかい?」
「通り魔?」

 ユウトは頭の中の記憶を掻き回してみたが、しかしそのワードは全く出てこなかった。
 その様子を見て深々と溜息を吐くマナ。

「全く……。幾ら何でも、情報を仕入れなさすぎじゃないかい? もっとアンテナを張り巡らさないと、色々生きていくのに不便すると思うよ? これは長年暮らして来た同じ窯の飯を食った人間からのアドバイスだ。金なんて貰わなくて良いよ、しっかり噛み締めておきな」
「そんなこと言われてもな……。ハンターとして暮らしていく以上、別に然程必要ではない知識だってある訳だし。そこをとやかく言ったって、無駄じゃねーのか? いや、有意義だっていうのなら、それは価値観や感性が違うのかもしれないけれど」
「ふふーん。そこまで言うんだね、行っちゃうんだね、言い切っちゃうんだね! 知らないからね、後で後悔しても」

 マナが自信たっぷりに言い切っているのが、何処か気味悪く感じてしまうユウトだった。
 というのも、マナの情報屋としての実力は、あまり良いものとは言い切れない。そもそもの競争相手が少ないからかもしれないが、その人数から考えれば優秀な方であって、情報屋全体から――世界の、という意味で――比べたら、低い部類に入るだろう。
 それは即ち、第七シェルターの情報屋の質が低いということにも繋がってしまうのだが、シェルターの環境に依存する傾向にあるため、そればかりは致し方ない。

「……で、マナ。そこまで勿体ぶっておいて、一体どんな情報を持っているんだよ。実はここから窄んでいく一方――だなんて言わないよな? ここまで期待させておいて、流石にそれはないぜ」
「通り魔の話はしたよね? ……じゃあ、そこから話を進めることとしようか。通り魔が居るんだよ。最近流行っているんだ……流行っているというと、何だか被害者が沢山居そうなんだけれど、そうじゃない。確認出来る限りでは、未だ五人ぐらい。でも、それがハンターだらけ……って話さ」
「ハンターを狙う通り魔……ねぇ。でも、別段それは変わった話じゃないだろ。このシェルターにおいて、一攫千金が狙える職業の一つに挙げられるのが、ハンターだ。つまり、ハンターを狙えば金が手に入るから、狙われる――ってのは案外自然の摂理だったりしそうなものだがね? そんな単純な話じゃないんだろうけれど……ないんだよな? ちょっとだけ、不安になってきたぞ。実はそれで終わりでした、なんて言い出さないでくれよ」
「流石にそれは私のことを過小評価していないかい? 話には未だ続きがあるんだ、心して聞きなよ」

 マナはそう言ってから、情報となるその話を始めた。
 ハンターを狙っているのではないか、と言われているその通り魔には、犯行のルールのようなものが存在していた。何故そのようなことが分かるかと言えば、何人も被害に遭っているためで、その解剖や調査を進めた結果、法則性が見えてきたためだった。

「……法則性、ったって何があるんだ? 女性を狙わない、とか?」
「そんな単純なことだったら、女性ハンターはヒヤヒヤしないで良いんだろうけれど……、残念、そうじゃないんだよねぇ。ハンターには、誰もが持っているあるものがあるだろう?」
「あるもの……。ハンターライセンスか?」
「半分正解。五十点にしよう」

 マナの言葉に首を傾げるユウト。

「ほかに何かあるのか?」
「ハンターは外に出てミュータントと戦う危険を孕んでいる。ってことは、武器を持っているはずじゃないか。ユウト、君だって拳銃を持っているんだから、それぐらいは分かっていると思っていたけれど」
「ああ、武器か……。当たり前過ぎて、あまり考えられなかったな」

 ハンターは遺跡で遺物を手に入れることがメインの仕事にもなっているが、それと同等に存在する仕事として、シェルター間の護衛やミュータントの撃破などが挙げられる。
 ミュータントは、遺跡をテリトリーとして活動していることは判明しているが、ごくまれに遺跡以外の場所でも確認されている。例えば、商人が通るシェルターロードと呼ばれる街道だ。街道には、定期的に整備が為されている目印が設置されており、商人はその目印を元にシェルターへと向かう。しかし、裏を返せばその目印さえ判明してしまえば、ミュータントだって商人を狙うことが出来るのだ。

「……ミュータントから身を守るために、ハンターは武器を用意している訳だけれど、その武器は危険性もある。ミュータント自体がそもそも人間よりも強い存在な訳だし、そのためにチューニングされた武器を人間に使ったらどうなるか……、答えは火を見るより明らかだよね」
「理屈は分かる。だが、武器を盗んで何になる? 俺みたいに拳銃なら、盗んだところで大きくないかもしれないが、例えばマリーなんてどうだ? あいつは背負わなければならないぐらい大きな剣だぜ。ルサルカだって……弓矢だ。決して人目を掻い潜れるような代物ばかりじゃないとは思うが」
「それがネックというか、疑問なんだよねー。通り魔は武器とハンターライセンスを盗んで、被害者を殺害している。けれども、それに何の意味があるのか? どうしてわざわざリスクを負ってまで、それを手に入れようとしているのか?」
「承認欲求、或いは証拠でも欲しいんじゃないかねぇ」

 口出ししたのはマスターだった。

「マスター、何か心当たりでも?」
「心当たりというか、予想だね。……きっと、犯人は殺した相手のファイリングでもしているんじゃないか? 実績作りとでも言えば良いのかねぇ……、自分はこういう相手を殺害したんだ、という実績をすぐに確認出来るようにするために、敢えてハンターライセンスと武器を回収したんじゃないかね」
「……成程。まぁ、理屈は分かる。つまり、ハンターが狙われているから注意しろ、と?」

 ユウトの早合点に溜息を吐くマナ。

「ユウト……、言いたいことは分かるけれど、そんな単純に片付けて良いことじゃないんだよね。そりゃあ、一言で言えばそういう結論に落ち着くのだろうけれど、少しは気をつけた方が良いかと思うけれどなぁ……」
「うん。まあ、それは分かるよ。気をつけないといけないことぐらいはね。けれどさ、気をつける……って一体何を気をつければ良いんだよ。ハンターだけが狙われる通り魔だろう? その通り魔をどう退治するか、って話に持って行きたいのか?」
「それ、無理だと思うけれどなぁ……。だって、通り魔に関する情報は皆無。というか、重たい武器を平気で回収出来るんだから、それなりに力は持っているだろうね。……だから、こう呼ばれているんだよ、その通り魔」

 ――幻影(ファントム)、ってね。

「……ファントム、か。いかにも子供が好きそうなネーミングだけれど、一体誰が考えたんだ?」
「セブンス新聞社の敏腕記者って言われているけれど? タブロイド記事に載っていたしねぇ、今日もまたファントム出現する! って」
「最早、自分の犯罪を演劇か何かだと思い込んでいるのかね……。だとすりゃ、非常に厄介な人間であることは間違いないのだろうけれど。いや、そもそも人間なのかどうか……」
「人間ではないとしたら、何だって言うんだ? ミュータントがシェルターに侵入しているとでも言いたいのか?」
「それが分からないから問題なのよねぇ……。いっそ、ハンター連盟にクエスト依頼でも出してみようかな。そうすれば、ミステリに興味を持ってくれているハンターの一人や二人ぐらい見つかりそうだし」

 マナが立ち上がろうとすると、外が騒がしいことに気づいた。

「……何だ? さっきから外が騒がしいような気がするが――」

 ユウトの言葉が終わるよりも早く、マナは外へと駆け出していった。

「おい、マナ。一体何処へ……」
「分からないのか。出たんだよ、ファントムが! 急いで見つけないと、現場に入ることすら出来なくなっちまうよ!」

 マナはそう言うと、そそくさと外へ飛び出していく。
 それを見たユウトとルサルカはお互いに見つめ合ってから、

「……ユウト、見に行きましょう。少しだけ興味があります」
「はいはい。なんかそんな感じがしましたよ……」

 というルサルカの鶴の一声によって、ユウトとルサルカも現場へ急行するのであった。




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