お手伝いロボット――という言葉が主流になったのは今から十数年前のことになると思う。  私が生まれたころには既に乳母代わりとしてお手伝いロボットが主流になっていたから。  それに、ロボットだから人間と比べていろいろと都合の良い点もあると聞いた。  それによって家政婦協会が抗議を立てたけれど、ロボットに変えることで生まれる経済効果が莫大という理由でそれは却下されることとなった。  偉い人曰く、時代に取り残されてはならない、ということらしいのだけれど、結局のところ、時代に取り残されるのではなくて、取り残されている人々を救済せず切り捨てただけに過ぎず、それはそれでどうなのだろうか、という話になってしまうのだけれど。  お手伝いロボットRX-01型――簡単に言えば旧型と言われるそれは、今の時代にはあっていない。簡単に言えば時代遅れだった。新型と言われているRX-02型と比べるとやはりその性能は劣っている。  ロボットにはAI――つまり人工知能が備わっていて、使用者によってその頭脳は自ら『学ぶ』のだという。  つまりどういうことなのだろうか、ということになるのだけれど。  とどのつまり、使っている人間が私だとして、私と一緒にかかわっていると、私のことを学ぶということ。  例えば、私がニンジンが嫌いなことを知っているから、ニンジンを食べさせようとするということ。  克服させたがっているのだろうけれど、私にとってみればそんなものは最低な行為だと思っている。  さっさとそんな機能は停止させてしまえばいいんだ、って。  けれどね、いいこともあった。  それは素晴らしいことだったのかどうか解らないけれど、私にとっては素晴らしいことだと思うよ。  確かに嫌いなものを食べさせようということは嫌いだったけれど。  不愉快だった、と言ってもいいかもしれない。  まあ、その時はたかがロボットなのだから、って思っていたけれど。  それはそれとして。  私の家にそのお手伝いロボットがやってきたのは私が中学に上がるときの事だった。  確か、入学祝だと言っていたのを覚えている。  けれど、どうしてそんなタイミングで? というのを父親に質問した気がする。  何故だろう、と。今でもそれは解決出来ていなくて。  中学に入った私を、彼女――名前はエリザと言う。当時はロボットに名前をつけることが流行っていて、家族の一員と認めるための重要な儀式だったこともあった。  当時に私にとっては、それは面倒な儀式そのものだったけれど。  かくして、彼女は私とともに住むようになった。正確に言えば、私たちと――ということになるのだけれど、それはどうだっていい。  さて。  どちらにせよ、母親と父親が共働きである現状、私はほとんど家で独りぼっちの生活を送っていた。恐らく、それに恐怖を抱いたのかもしれない。このまま家に独りぼっちでおいておくのは防犯上よろしくない、という判断なのだろう。  それはそれで、別に問題は無いけれど。  ただ、彼女がやってきてかなりうっとうしくなった。だって、彼女は私と常に居る。私がスナックを食べようとすると、体重が増えてしまうとか栄養が偏ってしまうとか言ってくる。それは別に言わなくていいのに。私が何度言っても言ってくる。かなり頑固な性格だった。  そんな頑固な性格だったゆえ、何度か喧嘩したことがある。結局、私が悪いのは解っているから私があとで反省して泣いているところを彼女が見つけて解決してしまうのだけれど。  ◇◇◇  『彼女』とはいろいろな思い出があった。  高校入試を受けるとき不安だった私の気持ちを和ませたのは、ほかでもないエリザだった。  私が部屋でずっと落ち込んでいるときのことだった。  物音に気付いてゆっくりと後ろを振り返ると――そこに居たのはエリザだった。  エリザは落ち込んでいる私に、温かいミルクを差し出してくれた。  そのミルクの味はとても優しくて――私にとっては、思い出に残る味だった。  ◇◇◇  ……まあ、簡単に言えば、いろいろと思い出があった。  それは語り切れないほどの思い出だった。 「……よろしいですね。最後のお話の時間は」  声を聴いて、私は我に返った。  そこにあったのはエリザだった。あった、なんてまるでものみたいな言い方をするのはどういうことか、なんて思うかもしれない。  けれど、今の彼女は、ものに過ぎなかった。  昔のようにきれいな姿ではなくてところどころ傷や汚れが見えている、正直言ってみすぼらしい姿になっていたのだから。  お手伝いロボットは十年程で寿命を迎える。二十五歳になった私の家にずっと仕えていたエリザも例にもれず、ある日動かなくなってしまったのだった。  私は、最後の時間を与えられていた。一時間という時間は彼女との思い出を振り返るにはあまりにも短かったけれど、それでも仕方のないことだった。  私は、彼女の言葉を思い出す。 「もし私があなたの傍を離れることがあっても、決して涙を流さないで」  まるで人間のようにも見えた彼女の言葉を、私は覚えていた。  だからつなぎを着た回収業者の人間にまるで廃材のように運ばれていく彼女を見て――私は涙を流すことは無かった。  それは悲しくなかったからじゃない。  悲しかった。  けれど、彼女との約束を破ることはもっと悲しいことだと――知っていたから。  だから、私は、彼女を、見送った。  彼女を載せたトラックが見えなくなるまで、ずっと、手を振った。  けれども――彼女を載せたトラックが消えてすぐ、私の目から大粒の涙が零れだした。  彼女とは、もう出会うことは無い。  けれど、彼女との思い出は、今も私の胸にずっと刻まれている。  そして私はそれを抱えてずっと生きていく。  私は空を見上げ――エリザにそう誓うのだった。 終わり