開店準備



 ドラゴン。
 それを聞いて、いったいどのようなイメージを抱くだろうか?
 鱗でおおわれた肌?
 洞窟で鎮座するラスボス?
 炎を吐いて勇者を待ち受ける?
 まあ、いろいろあると思う。
 俺だってそう思っていたさ。……この世界に来るまでは。
 世界、というよりも店と言ったほうがいいかもしれないかな。喫茶店ボルケイノ。異空間で経営している故、様々な客が訪れる。俺はこのお店で働いている、というわけだ。言っておくがマスターというわけではない。店長は他に居る。

「おら、ケイタ! きちんと仕事しているのか!」

 そう言ったのは赤髪の女性だった。目つきは鋭く、目の下には今日も夜更かしをしたのかクマが出来ている。しかしそれ以外は整った顔立ちをしており、普通に化粧をすればモデルとしてやっていけるのではないか、と思うほどの美形だった。実際、出るところはしっかり出ていてスタイルもいい。
 そしてそのスタイルをさらに引き立てているアイテムというのが――彼女の着ているメイド服だ。黒のワンピースに白いフリルのついたエプロンという、まったくもってスタンダードなそれを身に付けている彼女は、まさに給仕たる風格を見せていた。

「もちろん、仕事していますよ」

 そう、溜息を吐きながら言って、俺は左手に持っていたワイングラスを見せる。
 ニヒルな笑みを追加することを忘れずに。これで赤髪の女性は納得こそしないが、仕事をしている姿を確認して元の場所に戻るからだ。
 俺の仕事は皿洗い。もちろん料理を作ることもあるが、場合によってはその味が客に合致しないこともある。そういうこともあるので、メニューによってはその赤髪の女性――メリューさんが担当することとなっている。
 メリューさんはああ見えて……というのもおかしな話ではあるが、このボルケイノのマスターを務めている。というより、俺がこの空間に『偶然』入ってしまった時からずっと務めているようで、マスターとしての風格もあった。因みにメリューさんはここに住んでいる。裏に居住スペースがあるのだ。ベッドの寝心地はとても気持ちいい。あ、あくまでも、それは仮眠の時に使わせてもらったのであって。年越しの時に使用したからね。

「おう、ならいいんだ」

 さて。
 そんな感じに僕が自分の世界観にいい感じに没頭していたら、メリューさんの返事があった。
 男勝りの口調で言ったメリューさんのほうを見ると、目がまだ半分開いていない。きっと起きたばかりなのだろう。……おっと、そんなことを思っていたら大きく欠伸をした。

「……ところで、ティアの姿が見えないが?」

「ティアさんなら、そこで」

 そう言って俺はカウンターを指差す。メリューさんが見ると、目を見開く。
 なぜならティアさんはカウンターの奥の席を陣取って夢の世界に迷い込んでいたからである。とても楽しい夢を見ているのか、笑顔だ。だが開いている口からは涎が垂れており、とても年頃の少女が見せるそれでは無い。
 いや、正確に言えばメリューさんもティアさんも人間では無い。
 それを位置付ける一番のポイントがメイド服からちょこんと出ている尻尾だと思う。翼は収納されているらしいし。
 彼女たちは、ドラゴンだ。ドラゴンといってもピンと来なかったし、まさかほんとうにそんなことが……って思っていたから実際にはまだあまり信じられていない。
 でも、実際にあの姿を見てしまえば――或いは信じるしかなかった。信じるほか、俺には手段が無かったのだった。
 ……というか、ドラゴンがその姿で給仕しているなんておかしくないか? なんて思ったら、ちょっと君はオカシイのかもしれない。え、僕のほうがオカシイって? ……そうかなあ、まあ、そうなのかもしれないね。
 まあ、そんなことはどうだっていい。今はここに働かせてもらっている。それだけで充分。
 さて、そろそろ開店時間だ。

「メリューさん、今日の仕込みは終わっていますので。取り敢えず開店しますよ?」

「ああ、解った。よろしく頼む。私はティアを何とかする。……おい、ティア、起きろお!」

 ……ティアさんのことはメリューさんに任せることにして、俺は開店させることにしよう。とはいっても簡単なこと。扉にかけられている『CLOSE』の掛札を逆にすればいい。
 こうして、ドラゴンメイド喫茶ボルケイノの一日がスタートする。




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