007
味付けは悪くない。と言うか、きちんと日本テイストも残しておいて、しっかりとパンにバターといった配慮も為されているのが素晴らしい。まあ、アレルギーやら宗教やらで食べられない料理や具材がある場合は、事前に申告しておけばきちんと専用の料理を出してくれるのだけれどね。別にそんな配慮をする必要のない一般市民からしてみれば、あんまり気にすることでもないのだろうけれども。
ふと、白ウサギの方を見ると??サラダと果物を除けていた。紅ショウガのおまけ付きだ。因みにドリンクはオレンジジュースを貰っている。何というか風貌も相俟って、完全に子供のそれである。
わたしは赤ワインを飲んでいる。と言うか、アルコールのセンスも悪くないね。流石はプレミアムエコノミーといったところか?
「……食べないのか、それ?」
「ん」
わたしが突っ込むと、待っていましたと言わんばかりにそれらをわたしのテーブルに置いた。
「いやいや……。食べないと成長しないぞ?」
「何を言いたいのかさっぱり見えてきませんけれど、ROESによって開発・研究された超能力者は、言葉を選ばずに言えば薬漬けの人間ばかりですから」
もう少し言葉を選べよ。
いきなりここから話を聞いてしまった人間が、謎の反応を示してしまうだろうが。
「……それとこれと、何の関係が?」
「つまりですね、わたしが幾ら食べようとも成長することはありません。……でしたら、食べたいものだけを食せば良いのではありませんか? そこにストレスを感じる必要性など、全くもってないのですから」
そういうことか?
わたしはそう思ったけれど、でも食べられるものが多ければ多い程良いような気もするけれどね。そうすれば食事は楽しくなるし。それに会話をしながら食べるのも良いものだよ。それとも、食事とは必要最低限の時間で必要最低限の栄養を摂取さえ出来れば良い??そんなことを考えているのかね? だとしたら、ちょっと心外な感覚ではあるけれど。
「でも、食事を楽しむにあたっては嫌いかどうかわからなくっても食べる、って言うのもあるけれどねえ……。元から嫌いな食べ物を、食べなさいと強要するつもりは全くないけれど、さ」
とはいえ。
そう御託をああだこうだと述べている暇はなかった??何せ、白ウサギが食べたくないと宣った食べ物の数々がテーブルに鎮座しているのだから。グラスワインも置いているので、何だか自分が大食いに目覚めたと錯覚してしまう程だ。
「まあ、ここで文句を言っても……な」
他のメニューも食べてみるか。蕎麦は完全にコシを無くしたものだった。茹で過ぎと言われればそれまでだが、しかしながらこれはもうしょうがない気がする。寧ろ、十三時間のフライトという中でこれほど日本らしい料理を表現したスタッフに感服すべきだ。
テーブルパンは……まあ、よくあるパンだな。日本で食べていたパンも美味しいけれども、ヨーロッパのパンは格別だ。何故だろうか、使っている素材は違わないだろうに。
バターをつけて食べると尚良い。塩気が効いている、とでも言えば良いだろう。無塩バターは味気がない。やはりここは有塩バターでなければならないのだ。
「……お代わりはいかがですか?」
気づけば、通路にキャビンアテンダントが立っていた。
まさか、わたしが恍惚とした表情で食事を楽しんでいるところを、ずっと見られていた?
……いや、流石にそれは自意識過剰過ぎるか。
「お代わりは要りませんか?」
再度、質問される。
恐らく質問を聞き漏らしたと??そう解釈したのだろう。
「ビールをもらえるかな」
「はい、かしこまりました」
ここまで押してきたワゴンの中から缶ビールと紙コップを取り出すと、それを手渡してきた。
流石にスイスビールではないか……。まあ、あと十時間もすれば到着するのだし、そこで本場のビールを楽しめば良い。今は暫くは飲めないであろう日本のビールに文字通り酔いしれよう。
◇◇◇
食事も終えた後は、片付けをしてもらい、食後に赤ワインを嗜みながら映画を見ていた。
映画もまた、今時の映画もあれば昔ながらの映画もある。最近話題の教皇選挙の映画もあるし、小さな街の町おこしとして怪獣映画を作る映画もある。はたまた現代にタイムスリップを練り込んだSF作品もあるし、正直映画を見ていれば十三時間ものフライトはあっという間に過ぎてしまうのでは、という錯覚に陥ってしまう程である。
とはいえ、機内はというと食事を終えてしまうとライトが落とされてしまい、結構眠りについている乗客だらけだ。ちらほらモニターの明かりは見えているし、眠っていない乗客も居るのだろう。
「というか、チューリッヒの到着時刻的にここで眠ってしまったら、完全に時差ボケするのだけれどね……? まあ、ここでわたしが心配しても杞憂かもしれないけれど」
ちなみに、隣に座っている白ウサギはスヤスヤと寝息を立てている。
こういうところは、子供だねえ。
そんなことを思っていたら、こっそりとワゴンがこちらに近づいてきた。
一応、映画は一時停止しておく。
何だろう、と思って何も見ずに受け取ったら??それはアイスクリームだった。
成程、差し詰めおやつと言ったところか。有難く受け取っておこう。
白ウサギを起こすかどうか悩んだけれど、そんなことを考えている間にワゴンは奥の席に移動してしまったため、断念した。ここで足止めしてしまうのは出来ないし、何しろ我儘だ。我儘をそのまま通す訳にはいかないし、出来るはずもない。
そう思いながら、わたしは見ていた映画の続きを再生するのであった。
◇◇◇
その後もトイレ前のスペースに置かれていたサンドイッチや、朝食のラザニアなどを食べていたら、十三時間はあっという間に過ぎ去っていった。
着陸して、機内モードをオフにする。
予めローミング出来るようにしていたので、あっさりと現地の携帯ネットワークに接続出来た。
「……にしても、流石に十三時間のフライトは堪えるねえ。一応、ストレッチとかしてエコノミークラス症候群にはならないように努力はしたつもりだけれど。プレミアムエコノミーに乗っておいて、エコノミークラス症候群になったら洒落にならないからね」
「仮にビジネスやファーストクラスであろうとも、長期的に同じ姿勢を取り続けていれば、エコノミークラス症候群になり得ると思いますが? あくまで、名称がエコノミークラスとなっているのは、その座席だと寝ている時に寝返りを打ったり、姿勢を変えたりすることが困難だからです」
「成程ねえ、勉強になるよ」
「……ちゃんと聞いていますよね? 馬鹿にしたような言い回しに聞こえてならないんですけれど?」
何を言っているやら。
わたしはいつだってまともで真面目で通っているんだよ?
とまあ、そんな冗談を交わしているとあっという間に我々が降りる番になった??やっぱりプレミアムエコノミーはエコノミーと比べたら早いねえ。まあ、前方に座っているから当たり前と言えば当たり前だけれどね。
そう思いながら、わたしたちも前についていく形で、十三時間乗ってきた飛行機を後にするのであった。
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