06. 金谷くんとやきもち


「金谷」

 次の日、金谷くんに声をかける人物を見つけた。
 それはとても珍しいことだと思っていたし、だから、覚えていた。
 それは、哀川だった。

「うん、どうしたの?」

 金谷くんは普通通り、いつも通りに答える。
 対して哀川は笑顔を浮かべて、

「いや、昨日は悪かったな。急に詰め寄って。けれど、別にお前のことが嫌いな訳ではないということを理解してくれると有難いな」
「……別に。こちらも気にしていないよ。だから、大丈夫」

 それは言葉数が少ない会話だったけれど、それでも確かに会話として成立していた。
 その短い会話を終えて、哀川は自席へと戻っていく。

「おい、哀川。どうして金谷と話しなんかしたんだ? 別に、する必要なんてないじゃないか」

 哀川の隣にいた、雪谷が言った。
 きっと彼は言葉が足りないだけで、『いつも挨拶をしていないこと』を、そう付け足しただけに過ぎないのだろう。まあ、私は読心術なんて使えないから、ほんとうのところは解らないけれど。いずれにせよ、金谷くんと哀川が話したことにより、クラスに若干のドヨメキが埋まれたこともまた事実だった。まったく、それだけで驚くことじゃないと思うのだけれど。

「どうしたの、マキ」

 そう言って私の肩をたたいたのは、私の友人である優奈だった。

「いや、ただ、ちょっと……気になっただけだよ」

 私と金谷くんの関係を、出来ることなら悟られたくなかった。いや、一応優奈は金谷くんと私の関係を知っているのかもしれない。それを言ったことがあるからだ。けれど彼女は笑うことなく、「いいところあるじゃん、あいつ」としか言わなかった。きっとその言葉は、彼女なりの優しさなのかもしれない。

「それってさ」

 優奈は私の机に腰かけて、言った。

「――やきもちなのかな?」
「……どうなんだろ」
 私はすぐに答えることができなかった。
 この思いの正体は、きっと到底わかることではないと思っていたから。
 そうして私も、そう思うしかないと思っていたから。





おまけ:メガネ
「金谷くん、視力悪いの?」
「……うーん、悪いわけではないのだけれど」

 ちょっと気になったので、そんなことを訊ねてみた。

「視力が悪いというより、乱視が入ってるんだよね。だから、視力自体は悪くないけれど、歪んで見えるというか、そういう感じ」

 成る程。
 私は目が悪くなったことなんてないから、経験としては金谷くんのほうが豊富なのだろうけれど、それでも、ちょっと気になる。

「ねえ、金谷くん」
「うん?」
「ちょっとでいいから、メガネ外してくれない?」
「え?」
「一瞬でいいから」

 私の無茶なお願いを聞いて、うーんと唸る金谷くん。
 まあ、急に言った私が悪いのだから、別に聞き届けてくれなくてもいいのだけれど。

「了解」

 そう言って、金谷くんは黒縁のメガネをそっと外した。
 ……うん、まあ、なんというか。

「その、メガネを外すと……ちょっと雰囲気って変わるよね」
「そうだね。あの、もう、いいかな? 乱視があるから、まともにモノが見えないのだよね」
「あ、ごめんね。いいよ、もう大丈夫」

 私の言葉を聞いて金谷くんはメガネをかける。
 そして何事も無かったかのように、机に置いてあった本を手に取った。
 私はありがとう、と小さく言って自分の机へと戻って行った。
 誰もいないときに、偶然二人だけ教室にいたときの話。







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