14. 金谷くんとバレンタイン3


 次の日。バレンタインも過ぎ去って、いつも通りの日常が始まった。

「ねえ、マキ、聞いてよ」

 普段のように席に着くなり、優奈が私に声をかけてきた。

「優奈、どうしたの?」
「実は……」
 顔を真っ赤にさせて、優奈は言った。いつもはすんなりと言ってくるのに、今日に限ってはしどろもどろ。あまり言いたくないような、そんな感じだったけれど、でも、私はそのまま彼女の言葉を聞いた。
 顔を真っ赤にさせたまま、彼女は数回深呼吸したのち――私に告げた。

「告白したの。チョコレートを渡して、それと一緒に」


 ◇◇◇


 それは二月十四日の放課後のこと。
 すっかり誰も校舎から姿を消してしまい――正確に言えば、皆部活に行ってしまっただけのことなのだけれど――まあ、それは私にとって好都合だった。いつも一緒に話をしている人たちもとっくに部活動に行ったか家に帰ったかのどちらかだし。

「まあ、それはそれとして」

 そう。
 ほんとうにそれについては、どうでもいい話題にしてしまっていい。
 問題はこれから私が何をするか――ということ。

「あ、柊木くん」
「うん?」

 私の目の前を歩いていたその人は、私の声を聴いて立ち止まり、そして振り返った。

「どうかしたの?」

 柔和な笑みを浮かべて、その人は私に訊ねた。
 一言声をかけられただけで私の心臓はもうはちきれそうだったけれど、それでも私は無事に行動を果たさなきゃ。

「こ、これ!」

 私は背中に隠していたそれを柊木くんに差し出す。
 それは小箱だった。かわいらしいハートをモチーフにした紙で包まれたそれを、私は今日彼に渡すことを朝からずっと気にしていた。楽しみにしていた、というよりもワクワクしていた、というよりも緊張していた、というほうが正しいのかもしれない。

「これ、僕に?」

 コクリ、と私は頷く。頷いたつもりだったかもしれないけれど、首を傾げられたところを見ると、頷いていなかったのかも。
 私はそう思うと少々強めに幾度か頷いた。

「……ありがとう。受け取るよ」

 そう言って彼は手を差し伸べて、小箱を受け取った。
 いいや、これでまだ終わりじゃない。
 まだ私は、伝えなくてはいけないことがある。

「ね、ねえ! まだ伝えたいことがあるの……!」
「伝えたい……こと?」

 彼は首をかしげて――それでも私に笑みを含んだままだった。

「実は私、あなたのことが――」


 ◇◇◇


「それで、それで? それからどうなったわけ?」

 私は気づけば身を乗り出してその話を聞いていた。他人の不幸は蜜の味、とは言うけれどここまで酷い風に聞いていると友人かどうか疑われてしまうよね。まあ、優奈と私は仮にそういうことをしたとしても、友人としての絆は消えないと思う。……たぶんだけど。

 優奈は頬を膨らませて、私に言い出した。

「……ほんと、マキって他人の不幸が大好きだよね。まあ、別にいいのだけれど。そのあとは答えなんてくれなかったよ。あくまでも、『少し待ってくれないか』的な言葉を言われただけ」
「振られた、ってこと?」
「……いいや、違うかもしれないし、そうかもしれない。あくまでも彼は『ホワイトデーまで』と言っていたし」

 ホワイトデー。
 またの名を三月十四日。
 バレンタインデーで貰ったチョコのお返しを渡す日だ。

「その日までに返事……ねえ。まあ、バレンタインデーに告白したから、理に適っているといえば間違っていないのかもしれないけれど」
「そういうマキはどうだったの? 金谷くんと」
「……は?」

 迂闊だった。まさか優奈にそんなことを言われると思いもしなかったので、私は呆れたような気の抜けたような声を出してしまった。

「ねえねえ、どうなのよ。金谷くんとは」
「……別に何もないよ。チョコレートはあげたけれど」
「チョコレート? じゃあ、それは本命ってことかしら」
「……」

 私はそれ以上答えなかった。
 答えれば答えるほど、彼女の思うつぼだということは解っていたからだ。
 でも――それだけじゃなかった。
 私はほんとうに、金谷くんのことが好きなのか。
 恋愛感情を、彼に抱いているのか?
 そう考えてしまうと、私はすぐにその結論を、すぐにその答えを、彼女に話すことは出来なかった。
 きっとそれは、もう少し心の整理がつかないと出来ないことなのかもしれないけれど。





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