17. 金谷くんと生徒会選挙3


 そして当日。
 それまでに何も無かったのか――と言われると嘘になるけれど、実際はいろいろとあった。生徒会選挙のために行われる演説とか、ビラ配りとか、エトセトラエトセトラ。
 まあ、別に特筆すべき事項も無いから、割愛するという形になる。
 そして放課後、私と金谷くんは体育館の前に立っていた。
 理由は単純明快、生徒会選挙の投票をしに来たためだ。

「……君一人で来ればよかったのに。べつに僕は投票しなくても」
「いいじゃない。それに、投票しないのはマズイと思うよー? もし文句を言いたくても投票していなかったらそれすらいえないかもしれないし」

 それは今の政治だって言えることかもしれないけれど、ここで小難しいことはあまり言いたくないので、またまた割愛しちゃう。今日は割愛が大好きです。

「……おや、兄さん。来てくれたんだね?」

 それを聞いて、金谷くんは背中を震わせた。
 背後に立っていたのは金谷くんの弟――俊くんだった。

「か、金谷くん……大丈夫?」
「おや? 僕も『金谷くん』なのだけれど」

 俊くんはわざとらしく私にそう言った。

「何を言いに来たんだ、俊」
「別に? 僕はただ選挙の様子を見に来ただけだよ。やっぱり、こういうのって気になるでしょう? 特に立候補した人間からすれば、ね。ところで兄さんは誰に投票するの? やっぱり僕? それとも僕じゃないもう一人の……ええと、誰だっけ。忘れちゃったけれど、その人に投票するの?」
「別にそれは、お前の知ったことではないだろ」
「いや? そうでもないよ。やっぱり兄弟だからね。誰に投票するのかは気になるものじゃん。まあ、言いたくないのならばそれはそれでいいけれど、さ」

 感じが悪い話し方だった。挑発している、と言ってもいい。

「それにしても……ええと、マキさん? だったかな」
「ええ、そうだけれど」

 急に私の名前を呼び出されたので、何を言ってくるのか解らなかったから、少しだけ警戒してみた。
 しかし、俊くんはそれを気にしない様子で、

「どうして兄さんなんかに付き纏っているわけ?」
「……それは別にいいじゃない。それこそ、あなたの知ったことではないよ」
「何? 惚れちゃっているのかな、もしかして。兄さんに? 根暗で、どこか変人に見える、兄さんに」
「もういいだろ、それくらいにしろよ、俊」

 静かだった金谷くんが口を開いた。
 話している口調はあまり変わらなかったが、しかし、どこか怒っているような様子に見える。

「ん? ああ、まあ、いいよ。取り敢えず、選挙の投票のほど、よろしく頼むよ。ま、誰が受かろうとこの際いいけれどね。僕は全力を尽くした。あとは学生が、どちらをとるかだよ」

 そう言って、俊くんは去っていった。

「大丈夫? 金谷くん」

 私の問いに、金谷くんはただ頷いただけだった。
 ただ、それだけのことだった。


 ◇◇◇


 投票が終わり、即日開票され、次の日には結果が出る。
 明朝、下駄箱のすぐそばにある掲示スペースには、投票結果が貼り出されていた。
 もともと用意してあったかのような、金谷俊の華麗なる勝利だった。三倍近い得票差があった。それほど、金谷俊の政策(と言っても学校内の範疇だけれど)に興味深く思い、そして共感した人間が居る――ということだろう。
 私が誰に投票したのか、この際言うまでもないし、言う必要も無いだろう。
 ただ、これからこの学校生活が少しだけ悪い方向に進む可能性があるということを、私は胸の中にそっと仕舞い込むだけだった。






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