第二章17


「……何だっけ?」

 ソフィアがそんなことを言い出したので、私は深い溜息を吐かざるを得なかった。
 世界の情報が集約される一大拠点、世界キャラバン連盟にやって来た目的と言えば、普通に考えれば情報を入手することしか有り得ない。
 私は仕方なく進行役を買って出る。そう答えると、ミミはつまらなそうな表情を浮かべて、

「……ふうん。情報の入手、ねえ。確かにこの世界キャラバン連盟にやって来れば、世界の至る所から得られた情報を安価で入手することが出来るでしょう。人にとっては高価に思えるかもしれないけれど……、そもそも世界の奥深くにまで行かなければ手に入らない情報を、ここに来るだけで手に入るんだから少しぐらいは高価だとしても文句を言わないで欲しいものよね? 手間賃よ手間賃」
「何もそこまで言うつもりはないんだが……。情報を簡単に売るつもりはない、と?」
「そりゃあまあ、普通はそういう考えに至るのが普通だと思うけれどねえ?」

 ミミの言葉はご尤もだ。実際、情報を売ってくれるのは良いことかもしれないが、それを手に入れるまでに掛けた苦労や金額を考えれば、多少なりとも言い値で出来るとは考えにくいところもある。そこについては、やはり情報を得た世界キャラバン連盟にメリットがあるというか、明らかにそちらが強い交渉になるのは間違いないだろう。
 ともあれ、それをいざ改善しようとしたところで、情報を手に入れているのは紛れもなく世界キャラバン連盟だ。そしてその情報のグレードによっては、喉から手が出る程欲しい情報だってあるに違いない。だったら、それを手に入れたいのなら幾ら金を積んだって惜しくはないはずだ――そう考えられてもおかしくはない。
 はっきり言って、最初の段階から世界キャラバン連盟が圧倒的に強い交渉だった。
 寧ろこちらが手を出す隙間が何一つない。……敗北や勝利を考える以前に、そもそもこちらの敗北が決まっていたのだとすれば、ここから争いをしない方が良い。傷跡があるならばそれを広げるだけだし、傷がないのならば新しい傷が出来ても何らおかしくはない。

「……情報を売るのは、別にお金持ちとか富豪だとか、何もそういう人間だけじゃないのは確かだよ。世界キャラバン連盟は、情報に見合ったお金さえ払ってくれればそれで良いのだから」
「言いたいことは分かるわよ。……でも、その相場も分からない以上、いきなり言われても困るわよねえ。ところで今はどれぐらいなのかしら?」
「情報にも依るけれど、最低の金額では銀貨一枚……といったところかしらねえ」

 銀貨一枚か。それなら未だ手頃ではあるし、手元の資金にも余裕がある。……しかし、情報にも依るという言葉が引っかかる。それは言葉の綾ではなく、紛れもない事実なのだろう。

「……それで、どんな情報が欲しいのかな? 場合に依っちゃあ、もっと多くのお金を請求することになるだろうけれど、そこについては文句は言えないよね。だって、喉から手が出る程欲しい情報を、何もしなくても手に入れることが出来るのだからねえ」

 弱みを握られている。一言で言えばそういう状況だった。
 しかし、実際にもし情報があるとして、それを手に入れることが出来れば、私の旅の目的の実現には大きく近づくと言えるだろう。

「……たった一つ。情報を仕入れたい。十年前に起きた、ある貴族の一家を皆殺しにした事件について」
「……あんまり言いたくはないけれど、それだけでは絞れないわよねえ? そんな事件が十年間で一回や二回しか起きないとか言うぐらい、この世界は治安が良い訳ではないのだから。数えたら……そうねえ、きっと一年に一回以上は起きているものだと思うけれどねえ。それぐらいに、貴族は疎まれている生き物ですから」
「……否定はしない。されど、発言には気をつけた方が良いと思うがね」
「おっと失敬」

 分かっていてこの対応をしているのだろう。……だとすれば、あまりにも苛立ちを隠せ居ない対応ではあるのだが。

「話を戻そうか。……その事件については、知らないということか?」
「知らないとは一言も言っていないのよねえ。つまり……、それを特定するには情報が少なすぎる。もっと何か条件はないのかしらねえ。何処の貴族が、何人構成だったか――ということぐらいは分からないと、流石にこっちだって特定しようがないというか……」
「……イズンちゃん、心の傷を抉るようで悪いことかもしれないけれど、少しは協力してもらえないかしら? そうじゃないと、情報を手に入れにくいでしょうし……」
「ウル。お前は味方なのか敵なのかどっちなんだ。はっきりしてくれ」
「私はいつでもイズンちゃんの味方よ。だから安心してね」

 安心と言われてもなあ。
 別にそこまで信頼している訳でもないのだし、ウルが何処までも能天気で居られるのも、それもある種の才能だと言えるのかもしれない。言えないのかもしれないが。

「……分かった。分かったよ。きちんと情報を伝える。だから一回で聞いてくれよ。聞き返すことは絶対にしないように」

 私だってこう何度もトラウマを抉られたくはない。こちらだって真剣ではあるが、しかしこれを解消するためにはこうするしかない。……分かってはいても、なかなか難しいことだ。

「ローザンヌ地方のヤムチェンという街を知っているか?」
「ヤムチェンなら知っているよ。というか、世界キャラバン連盟の情報を嘗めないでもらいたいね。世界の何処に何があるのか全てを把握している――は言い過ぎだけれど、少なくとも殆どの街は把握しているはずだよ。その、ヤムチェンという街も含めて」
「そこは流石というか何というか……。まあ、良い。そのヤムチェンという街に居た領主の貴族だ。そこまでで勘弁してくれないか。流石にヤムチェンを知っているというのなら、領主の家族構成ぐらいは把握しているだろう?」

 それ以上の記憶の掘り下げは、出来ることならしたくない。今回の記憶の掘り下げだって、意地になって何とか捻り出したものだ。少しばかりは納得してもらわないと困る。

「……ちょっと待ってもらえる? データベースと照合したいから」

 ミミはそう言うと、カウンターの奥へと消えていった。
 一先ずは第一段階をクリアしたと言えるだろう。ともあれ、ここから先がかなり大変なのだろうが、そこについては追々決めることとしよう。今はとにかく、待つだけだ。

「……イズンちゃん、良く言ってくれたわね。それについては感謝するしかないわ。まあ、あなたのやりたいことについての道を切り開くためのものなのだから、そこは頑張ってもらうしかないのかもしれないけれどね?」
「何で最後の最後で梯子を外した?」

 ちょっとは自分の言っている言葉がおかしいかもしれない――ってことぐらい理解してはもらえないものだろうか? 別に言った言葉全てを言う前に確認しろなどとは言わない。しかし、物事を考えてなさ過ぎる。もっと物事を整理して言ってくれないと、着地点が見えてこないし、予想の出来ない方向に展開するから付いていく方も疲れてしまう。
 



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