第三章6


 ガイドを付けないことは呆気なく決まったとして――問題はそれからだ。ガイドを付けない、ということは自分達でクローネ観光のプランを立てなくてはならない。ともあれ、そんな面倒臭いことを考えるなど、少しも考えやしなかったのだが――。

「まあ、のんびり歩くのも旅の醍醐味よね」

 ウルの言葉を、否定するつもりはなかった。
 実際、旅というのはきっちりと一から十まで決めておくこともあれば、何一つ決めることなく勝手気ままに旅をすることもある。どちらが駄目とは言わないし、どちらが優れているとも言えない。メリットもあればデメリットもある、そんな感じだ。

「旅の醍醐味……確かにその通りだろうな」
「あら、イズンちゃんにしては珍しく素直じゃない? もしかして復讐をする気力が少しずつ減退しつつあるのかしら……」
「ないな、それは」

 何を期待しているのか分からないが、そんなことは有り得ない。私から復讐を取れば、いったい何が残るというのだろうか?

「冗談よ、イズンちゃん。……復讐を肯定するつもりはないけれど、生き方そのものを否定するつもりもない……。好き勝手に生きることは、何も悪いことじゃないと思うわ」
「珍しくこちらを立てるじゃないか、ウル。何かあったか?」
「何も。……ほら、ソフィアが来たわよ」

 今の会話にソフィアが居なかったのは、何も彼女が無口で居続けたからではない――まあ、それもあるといえばあるのだが、あんまり長々と告げることでもないのも事実だ。
 ソフィアが離れていた理由は、このクローネの地図を宿屋の店主から貰うためだった。別に私が出張っても良かったが、愛想を振りまくことはしたくない。
 だったら、ソフィアに頼んでしまった方が早かった。ウルでも別に問題はないし、ウルの方が案外スムーズに目的を達成するのかもしれないが、あいつはあいつで話が長くなって延々話を続けるに決まっている。そうなれば、何時まで経っても観光も何も出来やしない。今回はそれを何とか制止した形だ。

「イズンちゃん、取り敢えずこの地図を見て、クローネの街を一通り眺めてみない? 復讐はそれからでも遅くないでしょうし」
「復讐自体は認めてくれるんだな……。まあ、相手が逃げる気配もないのは確かだ。だったら、少しばかりそっちの意見に賛同するのも有りか……」

 どうせ相手は分かっていないはずだ。私のような存在がやってきていて、復讐をしようなどとしているとは――。

「もしかしたら、町並みを見て少しは復讐心が和らぐかもしれないもんね?」
「だからどうして復讐させない方向に持って行こうとしているんだ……。絶対に復讐するからな。絶対に」

 いや、それもそれでどうなんだ?
 復讐をするために旅をしているはずなのに、何だか茶化されてやいないだろうか? それはそれで困る。

「私の復讐を何だと思っているのか……、一度問い詰めた方が良いか?」
「どうして? 私はやり方こそ否定はするけれど、生き方としては悪くないわねと言ったばっかりじゃない」
「それをそうと認めていないような節を見せているから、一度状況を整理したいのだがね……」

 とはいえ、ここで延々と話をしたところで堂々巡りなのは間違いない――そう思った私は、致し方なく、半ば諦めたつもりで、クローネの街へと赴くのだった。


 ◇◇◇


 クローネの街は、至って普通な町並みだった。簡素な街とでも言えば良いだろうか――そんなことを言ってしまったら実際に住んでいる人間に何をされるか分かったものではないので、言う訳がないのだが。

「成る程、これじゃあガイドを呼んだところで何があるか簡単に予想が出来てしまうな……」
「活気はあるけれどね。それとも、何か別のことを期待したりしたのかしら?」
「いや、そんなことはないがね……。ウルだって、クローネを歩いて同じ感想を抱いたんじゃないか? それとも、何か違う視点からなら、見つけることが出来たか?」
「何を期待しているのか分からないけれど……。私だって、世界の全てを知っている訳じゃない。クローネだって名前こそ知っていたけれど、こういう旅芸人が一人で気ままにやってくる場所でもない。何故なら公演が行われないからね」
「何処でも公演は行われるものではないのか」
「当たり前でしょう――と言ってはいけないのだけれど、要するにお金よお金。公演を開催しようにもお金が掛かる。無論、タダで呼び寄せられる訳がない。一応見物料は取るけれど、それでは赤字になってしまうんですもの」
「つまり、街からお金を貰うってことか?」

 商売である以上、間違ったやり方ではないのだろうが……。

「そうね。その通り……。お金を幾ら出せるか、というのも公演を呼べるポイントであるとも言える。ま、そんなの一匹狼の私にはあまり関係のない話だけれど。お金にはあまり興味もないからね」

 一度は言ってみたいねえ、そんな台詞。

「……何か馬鹿にしているような物言いだけれど、事実よ? 芸を磨いてきたからかもしれないけれど、私の芸にはそれなりの価値があると思っている。でも、私から給料を上げてもらおうなどと掛け合うことはない。無論、その逆もね」



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