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初詣

「……今年もよろしく」
「……よろしくお願いします」
 今年も、また一年が始まった――などというと、日本語が怪しく思えてしまうけれど、それは一旦放っておくこととする。
「それにしても、洋平と出会ってからもう十年ぐらいになるか? ……あっという間だよな、人生っていうのは。ここ数年はあんまりフィールドワークも出来なくてな……、まあ、今年からは少しずつ再開していくかなぁ」
「でも、ちょくちょくフィールドワークはしていますよね。ほら、こないだのスイスとか……。あれはフィールドワークじゃないですかね?」
「都市伝説とかを調べた訳じゃないからなぁ。ドラキュラでも調べりゃ良かったかね?」
「ドラキュラってスイスとかではないような……。ほら、たとえばエスキモーとか」
 スイスは山岳地帯だし、エスキモーが出てきてもおかしくはなさそうだ。まあ、知ったかぶりであることは間違いないのだけれど。
「今年は色々とやりたいんだよな。ほら、仕事はちょくちょくやってきているんだけれどね……。まだまだ、遠出が出来なくて」
「夏乃さんが怖がっているんですか? それともお客さんが」
「私は何処へだって行くよ、仕事をくれるのならばね。……九割はお客さんだな。やはり感染症というのは恐ろしいものだよ、なかなかに柔軟な対応にしてはもらえない。今はまた感染者が増え始めてきていて、殊更酷くなりつつある……。全く、どうすれば良い物か」
「一度、リモートで取材していましたよね? あれはどうなったんですか?」
「リモート取材は、あちら側で自由に動ける人材がいれば問題ないんだよな。でも、そんな都合の良いことはなかなかない。だから致し方なく現場に出向くことになるのだけれど……」
 さて。
 今僕達は神社にやってきている。事務所の裏側にある小さい神社だ。けれども近所の人が皆やってくるからか、お正月の今となれば沢山の人が押し寄せてきている。まあ、押し寄せるというよりかは理路整然と行列を成しているだけなのだけれどね。
「まあ、今年はいい年になると良いのだけれどね。フィールドワーク……もとい旅行には行きたいものだ。洋平、君は何処へ行きたい?」
「東北は冬には行きたくないですね」
「贅沢だな、君は」
 せせら笑いながら、夏乃さんは財布からお賽銭を取り出した。
「まあ、悪くはない考えだ。私だって冬に東北は行きたくない。車を運転したくないからねえ……」
「夏乃さんって免許持っているんでしたっけ?」
「持っているよ。高校を出て直ぐ取ったかな……。車は持っていないけれどね、だって駐車場代が高いし」
「確かにそうですよね……」
 僕は免許を持っていない。
 朱矢に居た時は確実に必要だったろうけれど、今はあんまり必要ないからなぁ……。大学のサークルも入っていないし、別に使うもんでもないし。鉄道とバスがそれなりに走っているから、車を持つ必要は必ずない。
 でも、夏乃さんとのフィールドワークを続けていく以上は――やはり必要になってくるのかな?
「……洋平」
 夏乃さんから声を掛けられ、僕は我に返る。
 気付けば、前にあった長い列は全て消えていて、僕達が最前列となっていた。
 おっと……お賽銭を用意しなくては……。僕は呟きながら、お賽銭を財布から取り出して、それを賽銭箱に投げる。
 二礼、二拍手、そして一礼。
 お終いだ。今年も、いい年になると良いな。
「……洋平、最後にお御籤でも引くか?」
 夏乃さんから促されて、お御籤を引いた。僕だけ……僕だけなの? まあ、別に良いんだけれどね。
 引いた御籤を開けると、そこに書かれていたのは……。
「洋平、どうだった? 運勢は?」
「それは……内緒です」
 まあ、今の運勢が一年間続くかどうかも分からない。
 本当は別に言っても良いのだけれど、少しばかり意地悪になったって良いだろう――僕はそう思いながら、御籤をポケットに仕舞うのだった。
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