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第三章 002


  第三章
  人喰らいの儀式

  

「ああ……ああっ!!」
 あたしは思い切り力を込めた。それでどうにかなるとは思わなかった。けれど、可能性はあった。あたしの中でその可能性が、確実になるモノかどうかは定かじゃあなかったけれど、しかしながら、それを実現させるしか今のあたしには考えられなかった。
「力を込めたところで……脱出することなど出来やしない……。やれやれ、こんなに暴れるなら鎮痛剤を用意しておくんだったよ」
「それが……あなたの大きな失敗だったわね!!」
「なにっ」
 予兆は無かった。そんなもの用意させるはずが無かった。
 あたしの右足は、小指を刮ぎ落とされた分、細くなっていた。だからロープが緩み、直ぐに解くことが出来た。
 それを利用して、あたしは思い切り蹴り上げる。
 何を?
 答えは簡単だ。大類よねの頭をだ。
 大類よねはそのまま意識を失うと、あたしの身体に寄りかかるように倒れ込んだ。不味いな、それだと起き上がることが出来ないのだけれど……。どうにかして、このばば……いや、オバサンをどかすことは出来ないかしら。
「……まさか本当に困っているとは思いもしなかったわよ」
 そんなとき、第三者の声が聞こえた。
 それは、あたしが四日前に聞き覚えのある――バスの運転手の声だった。
「何故……あなたがここに?」
「まー、ちょっと野暮用でね」
 あたしの質問をよそに、運転手は慣れた手つきで大類よねをどかして、あたしを束縛していたロープを切っていった。
「あーあ、こりゃひどい傷ね。治ればいいけれど」
 あたしの右足の無くなってしまった小指を見つめながら、運転手の女性は言った。
 女性は制服のままだった。だから制服についていた名札ピンを見て、あたしははっとしたのだ。
 そこに書かれていたのは――『日下』の文字だった。
「日下って……もしかして、」
「さあ、そんなことより脱出だよ。もう一人の方は『加工』をしているから直ぐには戻ってこられない。だから脱出するなら今のうち。いずれにせよ、この因習は彼女が最後だからねえ」
「……どういうこと?」
「本来は、大類家に『居た』のさ、生け贄になり得る人材がね。けれど、それが失敗した。だから未知の人間を利用した。しかしカミサマは許しはしなかった。朱矢の人間がよっぽど恋しかったんだろうねえ。或いは、若い人材が欲しかっただけかもしれないけれど」
 どこからか取り出したあたしの靴下と靴をあたしに履かせてくれる日下さん。
 さらに話は続く。
「だから、あんな幼い子供を使わざるを得なかった。本当はもう少し熟成させておく必要があるらしいんだけど、在庫が足りなかったんだろうねえ。だから、朱矢の神に奉納する最後の人材として彼女を選んだ」
「そこまで知っていて、あなたは、それを見過ごしていた、ということですか?」
 靴を履かせ終えたところで、あたしの顔を見る。
「……だって、あたしは朱矢の人間だからね」
 さて! 立ち上がり、声を出す日下さん。
「取りあえずあんたの用意はあの家にあるだけで十分かい。だったら急いで出発しないと、この瞬間を目撃でもされたらあたしたち直ぐに殺されちまうよ」
「それは良いのですが……、一つだけやりたいことがあります」
 あたしは亜貴の頭が入った桶を指さした。
「彼女を、きちんとした形で弔ってあげたい」
 それを聞いた日下さんは深く溜息を吐いて、
「分かったよ、こうなったら乗りかかった船だ。最後まで付き合ってやるよ」
「ありがとうございます」
 そうして。
 あたしたちは、彼女の首が入った桶を持って、墓を作るにふさわしい場所へと向かうのだった。

 ◇◇◇

 旧朱矢中学校。
 本来ならば、彼女が通うはずだった中学校だ。残念ながら数年前に閉校となってしまったが、墓を作るならここがふさわしいだろうとなんとなくそう思っていた。
「ここに来るのも久しぶりだねえ……。洋平の卒業式以来かなあ」
 彼女の首を埋めて、石で小さく墓を作った。
 それを聞いて、あたしは訊ねる。
「やっぱり、あなたは少年……洋平くんのお母さんなんですね」
「ああ。もうここ二十年は朱矢と黒露を結ぶバスの運転手をやっているよ。だからいろんな顔を見るんだよねえ。あんたも、久しぶりじゃあないかい。この朱矢にやってくるのは」
「……覚えているんですか?」
「記憶力だけは良いんだよ、あたしは」
 そうして、日下さんはあたしを見て、
「さあ、ここを出発する準備は出来たかい?」
 その問いに、あたしはしっかりと頷いた。


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