8 見習いハンター
「ルカちゃんはいったいどういうタイプの服装が良いのかな? 少しは考えたことがあるかい」
レティシアの一言を皮切りに、ルサルカの服装選びが幕を開けた。
とはいえ、どういう服装を選ぶのかがかなりポイントになってくるのは、幾らハンターの知識が皆無なルサルカでさえも理解していることであった。
「……ルカちゃんは結構スタイルが良いのよねぇ。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んで。スレンダーと言えばスレンダーなのだけれど、でも、世が世ならモデルにでもなっていたかもしれないわね。いっそ、第三シェルターにでも遠征してみたら?」
「第三シェルターってラスベガス大森林の地下にあるというあの巨大カジノの? いやー、あそこって確かに一度行ってみたいけれど、生活してみようとは思わないよね。だって、女性蔑視が酷いって噂もあるぐらいだし」
「言いたいことも分かるけれど、それはあくまでも女性がそういう職しか見つからないようにマッチングした上の責任ね。……私の知り合いにトップモデルが居るけれど、ハンターで暮らすよりも断然違った生活を送れると言っていたわ。ただし、管理者により近い存在になるから、顔色を窺いながら生活することになるのだろうけれど」
「……最悪。アタシなら絶対にやらないわ」
マリーの言葉を聞いて、ルサルカは首を傾げる。
「どうして? どうして、その生活を望もうとしないのですか」
「……ルカちゃんは、分からない? 上の顔色を窺いながら、生活するって……、はっきり言って面倒臭いのよ。自由に生きられないことの苦しさは、出来ることなら経験したくはないでしょう?」
「――そういうもの、なのですか。私には全く理解出来ないのですが……」
「まあまあ、ルカちゃんと小難しい話をするためにここまでやって来た訳じゃないでしょう? 今は取り敢えず、防具と武器のテイスティングをしなければならない訳で」
防具がかけられたハンガーを取って、それをルサルカの身体に当てる。それは鎖帷子のようなもので、しかしそれは見た目よりは非常に軽いものとなっていた。帷子というからには、身体の部分が鎖のようになっていて、少し透けて見える。
「……うーん、流石に初心者にシースルーをお勧めするのはどうかと思うけれど」
「お勧めしているのではなくて、正確には、アドバイスをしているだけなんだけれど?」
マリーとレティシアの対立は続く。
ルサルカはというと、レティシアから渡される防具を身体に当てて、これが良いとかこれが駄目だとか延々と着せ替え人形の状態と化していた。
「……ええと、いったい私はこれからどうすれば良いのでしょうか?」
「まあまあ、暫くはこういう形で何とか過ごして貰うしかないよ。……安心しなさいな、レティシアは割と信頼出来るから」
「割と、ってどういう意味合いで言っているのかね、割と……って」
レティシアは何故か言葉の節々に引っかかる癖があるようだったが、しかしながらそんなことはマリーには関係のない話だった。
「……何というか、ルカちゃんってお淑やかって感じがするのよねぇ。何処かのお嬢様、みたいなそんな感じがするのよ。だとしたら、こういう普通の防具が似合わないのよね」
レティシアから、割と核心を突く一言を言われて、ドキッとするマリー。
「え、へぇー……。ま、まぁ、確かにルカちゃんって何処か所作が綺麗だもんね。けれど、ハンターになるには、やっぱりそういうお嬢様だと難しかったりするんじゃない? だったら、やっぱり違うと思うけれどね」
「そうかな? お嬢様だって、趣味でハンターをやっている人も聞いたことはあるし。管理者側の存在でも、それを隠してハンターとして精を出している人だって居るという噂だよ。まあ、あくまでも噂の範疇を出ないし、それがそうであろうと私には何の関係もない話だけれどね」
「それはそれとして……。じゃあ、ここにはルカちゃんに合う防具はないということ?」
マリーの言葉に、首を横に振るレティシア。
「そんなことはないよ。……うちをなんだと思っているんだ、どんなものだって金さえあれば手に入るかもしれないというビッグドリームの闇市だぜ。……ちょっと待ってなさい、良いものを持ってきてあげる」
そう言い残し、レティシアはさらに部屋の奥へと消えていった。部屋の奥には大量の梱包がされた箱が置かれており、恐らくはそこにも防具や武器が入っているのだろう。しかしながら、そこへ入るにはそこにあるもののすべてを把握しなければならない訳で、結果として店主であるレティシア以外が入ることは難しそうだった。ましてや、そこからルサルカに合う防具を探し出すことは至難の業だと言えるだろう。
「……ルカちゃん、ごめんね。色々と引っかき回されて。辛かったら辛いと言ってくれて一向に構わないからね。一応、それは保証しておかないと、後で色々と面倒になるから」
「……ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。確かに服を探すためにここまでしなくてはならないのは大変ではありますけれど、決して悪意を持ってやっている訳ではないでしょう? でしたら、それぐらい我慢しないといけません。私も、目的を持ってここまでやって来ているのですから」
ルサルカの言葉を聞いて、頷くマリー。
「……何だか、頭が良い発言ばかりだにゃー。別に悪いことじゃないけれど、疲れない? もっと気楽に話してくれて構わないんだよ。その方がお互いに楽でしょう? ま、ルカちゃんがどういう生き方をしてきたのかは分からないし、それを強制する気もないけれどにゃー」
◇◇◇
「お待たせ! ……持ってきたわよ、ルカちゃんに似合う服を!」
レティシアが部屋の奥から服を持ってきたのは、それから十分後のことであった。
「遅かったね……。待たせたぐらいの価値はあるんだろうね?」
「相変わらず手厳しいわね。……まあ、それぐらいは言えるでしょう。いずれにせよ、これが良いかどうかはあなたが判断しなさい。あ、あなたと言ってもマリーではなく……、これを身につけるのはルカちゃんなんだからね」
ルサルカはそう言われて、どうしたら良いのか分からなくなってしまった。
もしレティシアが持ってきた代物を、自分が好きじゃなかったらどうしよう――。見る前にそう考えてしまうのは、若干本末転倒みたいなところもあるかもしれない。
「じゃじゃーん! 見てみて。今までこれを身につけられる人なんて居るのかなんて思っていたのだけれど……、結構似合いそうな感じがするでしょう?」
レティシアがマリーとルサルカに見せたのは、鎧だった。
しかも、ただの鎧ではなく、スカートがくっついている。鎧というよりドレスに近い。というか、ドレスに胸当てをつけたような感じが正しい表現なのかもしれない。
「……これ、良く手に入れたわね。今まで売れなかったんじゃないの? 埃被っていたりしない?」
「そこら辺は安心しなさい。私はどんな商品だって常に最高の状態で提供出来るようにしているのだから」
「つまり、清潔を保っている、と……。まあ、それぐらいは当然なのかもしれないけれど」
レティシアから鎧を取り上げると、マリーはその重さに驚いた。
「何これ、軽っ……! 逆にアタシが使いたいぐらい……!」
「残念だが、同じものは存在しない。それが闇市の暗黙の了解さね。それぐらいは、マリーも知っているはずだと思ったけれどね?」
「知っているわよ。知っているけれど……! ぐぬぬ、うん……、名残惜しいけれど、今回はルカちゃんに譲るわ……」
ルサルカにそれを手渡すと、レティシアが見計らったタイミングで、奥の部屋へと背中を押していった。
「さぁさぁ、どういう感じか装備してみましょう。話はそれから。……あぁ、別に着ちゃったから買い取り、なんてそんなみみっちいことは言いませんからご安心を! さぁ、さぁさぁさぁ!」
ぐい、ぐいぐいぐい、と若干強引に試着室へとルサルカの身体を押し込んでいった。
「……これ、どうやって着たら良いのか分からないのですけれど」
「おぉ、そうだったか! 私としたことが、とんだミスをしてしまった。申し訳ありませんね、それじゃあ、私が手取り足取り手伝ってあげましょうか! 何、そんな難しい話じゃありませんから、慣れてしまえば五分もかからないですよ、装備するまでに」
「いや、そういうことを言いたいのではなくて……」
しかし、ルサルカの言葉を無視して、レティシアはその鎧をルサルカに着せていくのだった。
◇◇◇
「待った?」
「待ちすぎて何度か下に降りようかと考えたぐらいだ……。女性の買い物ってこんなに時間がかかるものなのか? 俺、マーちゃんぐらいしか経験がないから全然分からないんだけれど」
マリー達がルサルカの装備を調えて階上に向かった頃には、階段を降りてから随分時間が経過していた。具体的な時間はあまり三人は覚えていなかったかもしれないが、開口一番にユウトが不満を漏らすところを見るからに、相当の時間が経過していたのだろう。
「……で、どうだった? 見つかったか。……まぁ、その風貌を見るからに、答えはもう分かりきっているのだろうけれど」
ルサルカの格好は、ここにやって来た時とは全く違っていた。
服装は先程レティシアが持ってきた、ドレスと鎧が融合したような装備となっていて、肩には細長い鞄と――弓がかけられていた。
「……にしても、弓を選ぶというのは、結構玄人な感じがするんだが、気のせいか?」
「そうかしら? でもまあ、拳銃という選択肢もあったといえばあったのよ? けれど、ルカちゃんが一目見てこれが良いと思ったようで……」
「軽いですし、使い方がシンプルです。……一番は、これを使わずにハンターの仕事をこなすことでもあるのですが」
それは難しいだろうな、とユウトは呟いた。実際、彼の経験上、武器を使うことなくハンターの仕事――つまり、遺物探しがメインとなる訳だが――を終えたことが少ない。完全にない訳ではなく、十回に一回あれば良いぐらいで、大抵はミュータントや同業者といざこざになることが多々あるからだ。ミュータントとなら戦いをすれば終わる話ではあるものの、同業者となると駆け引きが出てくるから、何かと面倒だ。
とはいえ、ルサルカが同業者と争うことはほぼゼロと言って良いだろう――ユウトはそうも考えていた。今後ルサルカがハンターとして活動していくとしても、それはあくまでも彼女の目的を達成するための手段に過ぎず、例えば遺跡に向かう時だってユウトが常についていく必要があったからだ。ルサルカ自身はそう願っていないとしても――それは有り難いことではあろうが――最初に彼女と邂逅した責任がある、とユウトは考えていたからだ。
当然、それを面と向かって言っておくべきなのだろうが、それを言えずにいた。
小っ恥ずかしいところもあれば、言わないでおいた方が良いだろうと思ったところもあるのかもしれない。
「……それじゃあ、お金を払うよ。幾ら?」
「十枚で良いよ」
「………………は?」
予想外の台詞が飛び出したことから、ユウトは目を丸くしてしまった。
闇市と言えば、どんな商品だって手に入れることが出来る場所ではあるが、それには多数の金銭が関わってくる。要するに、欲しい商品があればそれなりにお金を持ってこい、というのが闇市のルールにもなっていた訳だ。
そして、それから考えるに――武器と防具併せて金貨十枚はあまりにも破格だった。普通に武器と防具をメインストリートの正規の販売店で購入するのと大差がない。いや、寧ろ表よりも安いかもしれない。ユウトはそう思っていた。
「……もしかして、何か裏があるとでも思っているのかな? 安心しなさい、ここにある商品は皆私の厳しいチェックを潜り抜けているのさ。今回だって、普通に請求したらその三倍は最低でもするだろうね」
「それじゃあ、どうして十枚で?」
「ルカちゃんのハンターライセンス取得記念さ。後は……、マリーは良く来てくれているからねぇ、それもあるかな」
「アタシに感謝しなさいよね」
胸を張っているマリーだが、実際にネゴシエーションをした訳でもないので、胸を張る必要はなかった。一言で切り捨てるならば、余計な動作だった。
「……それじゃあ、お言葉に甘えて」
そうして、ユウトはルサルカの給金が入っている袋から、金貨十枚を取り出してレティシアに手渡した。
レティシアはざっくりと数え終えると、笑みを浮かべる。
「……はい、確かに十枚確認したよ。じゃあ、毎度あり。何かあったら、また来なさいな」
そうして、ルサルカの装備選びはいとも簡単に幕を下ろすのであった。
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