学者をやっているが、弟ということは、少なからず王族であることは間違いない。
 そういう存在と話すのは、リュージュにとっても気が乗らないことだったのだが、しかし、王が直々にお願いしてきたのなら、それを断るのも気分が悪い。
「……だからやって来た訳だが。でも、気分が乗らないな」
 こんこん、とノックすると声が聞こえてきた。
 声が聞こえたので、そのまま中に入る。部屋の中は書斎になっており、壁に付けられた本棚には大量の本が詰められている。そして窓際に置かれた机では、ずっとハードカバーの本を読んでいる誰かが居る。
「……誰です?」
 茶髪に眼鏡をかけた男は、何処か子供っぽい顔立ちをしている。
「あなた、学者って聞いたけれど」
「…………もしかして、魔女リュージュ?」
「名前だけは知っているのね。というか、もしかして王様……お兄さんから聞いたのかな?」
「兄さん? ……ああ、兄さんがもしかして連れてきたんですか? そんなことって有り得るんですか」
「だってここに居るんだから、有り得ないも何もないだろうが」
「まあ、確かにそうですけれど……で、どうしてここに?」
「……何でもお前の話し相手になれ、ということらしい」
 そう言うと目を輝かせる男。
「ほんとうですか? そんなことあるんですね……! でも、どうすれば良いんですか?」
「そんなこと言われても困る……。というか、どうすれば良いのかは私にも分からない」
「全知全能の魔女と言われているのに?」
「……私が分かるのは結果だけだ。課程はあまり詳しく分からない。脳は人間と同じでね。人間の脳の容量が、どれぐらいあるか知っているか?」
「ざっと数百年ですか?」
「それぐらい行けば良いかもしれないが……それはあくまで理想型。魔女は基本的に長命だから、それでも足りない。だから情報を取捨選択しなければならないんだよ。私の場合は、全知全能と知られているから分かっているだろうが、未来を予知することが出来るから……その分の記憶も確保しておかねばならない」
「それなんですけれど」
「?」
「何処まで未来予知出来るんですか? 例えば……自分の死を予知出来ているんですか?」
「自分の死……だと? そんなもの……出来る訳がないだろう」
「え?」
「ただ可能性があるとするなら……予知自体が出来なくなるだろうな」
「それは、自分が死ぬから、知る必要がないという意味で?」
「そうだ」
 成る程と言いながら男はノートに何かを書いていく。
「お前……いったい何を書いているんだ?」
「魔女に直接話を聞けるなんて天地がひっくり返っても有り得ませんよ。だから魔女から得た情報はできる限り仕入れておかないと」
「……リュージュだ」
「はい?」
「リュージュと呼べ。そしたら、お前のことも名前で呼ぶ」
「……ボイドです」
「ボイド? 良い名前じゃないか。で、ボイド。お前はどういう研究をしているんだ?」
「そりゃあ、やっぱり『喪失の時代』について、ですよ。その時代についての文献が殆ど残っていない。もうその時代の人間も生きていない。となると微かな遺産しか見つけることが出来ないんですよ。あとは……直接その時代に生きていた誰かの話を聞くとか」
「……それであの男は、私とボイドをくっつけようとした、と」
「僕としても願ったり叶ったりですけれどね。だって、魔女は世界唯一。その存在とこんなに触れ合えるチャンスを得たんです。勿論危険はありますけれど……」
「危険? 何の危険があるというんだ?」
「……リュージュさん、あなた、少し自分の価値について考え直した方が良いと思いますけれど。魔女という称号と、魔女が持つ『資産』。それは文字通りの意味ではなく、知識などの形のない資産も含めます。それを考えると、どんな勢力でも、喉から手が出る程欲しい代物だと思いますよ」
「……だろうな」
「分かって貰えて何よりです」
 ボイドは立ち上がると、鞄を取り出して出口へ向かおうとする。
「おい、何処へ行こうとしているんだ?」
「今日も『喪失の時代』の遺産を見に行くんですよ。あなたも一緒に行きませんか? この時代について詳しく知りたいでしょう。僕だって、あなたのことを知りたいんです」
 リュージュは笑みを浮かべて、それに答えた。
「分かった。だが、一緒に連れて行きたい奴が居る。それでも良いか?」
 喜んで――ボイドはそう言うと、ウインクをした。
 そうして、リュージュ達はボイドを主導にして遺跡へと向かうのだった。





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