「説明がつく……ね。確かにその言い分も分からなくはないがな。……だが、これからどうするつもりだ? この電子計算機が何も言わないなら、過去のことなんてさっぱり分からないだろう?」
「それについてなのですが――」
ボイドが何かを言おうとしたその瞬間、リュージュが右手でボイド達を制した。
「……何を?」
「さっきから隠れているのは、少し底意地が悪いんじゃないかね?」
リュージュの言葉を聞いて、部屋の奥から誰かが出てきた。
それは、黒いローブに身を包んだ男だった。
「……いつから気づいていた?」
「いつからだろうねえ。少なくとも、この学者先生よりは早く気がついていたとも」
「……流石は世界最強の称号である魔女を名乗っているだけはあるか」
「いや、僕は全然分かりませんでしたが……」
「で、あんたはいったい何者だ? 感じからしてハイダルクの人間ではないだろうな」
「ハイダルクの人間ではない、とは言っておこう」
「……スパイということですか、あなたは」
そこで漸くボイドの目つきが変わった。
男は顔半分を隠していたが、笑みを浮かべたことだけは分かった。
「一応言っておくが、あんたには何も出来ないよ。学者気取りの王族が」
学者気取りの王族、と言われてもボイドは何も言い出さなかった。
それについてリュージュは深い溜息を吐きつつ、
「……流石に言われっぱなしでは困るところもあると思うんだがな?」
「ならどうする、魔女よ。魔女ならばどうするつもりだ」
「お前はこの電子計算機とやらを知って、何をしたいんだ?」
「さあね。詳しいことは分からない。……そもそも手足となる人間が、上の目的を知る必要があるのか?」
「……成程ね。確かにその通りと言えば、その通りだ。ならば、お前はただの駒か? 駒が駒であることを自覚して……ということは、いつ切り捨てられてもおかしくない、と?」
「駒が駒だと自覚して、何が悪い?」
男はせせら笑う。
それが、駒にとって最適な解答であることを、理解しているかの如く。
「……ええ、それは立派な志よ」
けれどね。リュージュは言葉を吐き捨てる。
それだけで、周りの空気を一変させるような、そんな雰囲気。
そして。
それがどういう意味を成しているのかどうか――男は唐突に理解することになる。
刹那、男の身体を氷が覆い尽くす。瞬間的に男の周囲の空気に含まれた水分が凍結したことで、男自身を覆い尽くしたのだ。
「……何をしたんですか」
ボイドは、自分の目の前で男が氷漬けになってしまったというのに、なおも冷静に訊ねた。
「簡単なこと、魔法を使ったまで。……まさか、魔法について何も知らないとは言わせないわよ」
「そんな。そんなことある訳ないじゃないですか……。僕は一応学者ですよ? この世界の歴史については、それなりに知識を持っているつもりです。そして、この世界に存在する魔法という概念も」
「……そこまで言い張るのであれば、私はどんな魔法を使ったと思う?」
「ええと……多分氷魔法ですよね。それも、空気の水分を瞬間的に凍結させた。正直、今の時代の魔術師がそれを使えるとは到底思えない、古の魔法かと」
「古の……ええ、そうね、そうなるでしょうね。或いは、時代遅れと言った方が正しいのかもしれない」
「何もそこまでは……」
「魔女自体、時代遅れの象徴みたいなものでしょう? だってこの世界にはもう、魔女という存在は私以外存在しないのだから」
「それは……」
それは、紛れもない事実だった。
「……さて、それについては、今あまり語るべきではないだろう」
リュージュは踵を返し、アリスに向き直る。
「アリス。今回は去ることにしよう。だが、いつか……お前が人間の目に触れてしまったからには、それを解き明かさなくてはならないだろう。何せお前は、この時代においてのオーパーツ……存在し得ないものなのだから」
『ええ、十二分に承知しております』
ふん、と鼻を鳴らしてリュージュはその場を後にする。
それを追いかけるようにボイド達が後に続いた。
それを、アリスは何も言わずに、ただ見送るばかりだった。