「へ?」
 予想外の返答に、雪乃は拍子抜けしてしまった。
「かつて、この国にもたくさんのダンジョンが設置されていた。自然に誕生し、自然に管理されていた。そしてそのダンジョンはある出来事をきっかけに減少の一途を辿っていく。……何だと思う?」
「何でしょう……歴史は詳しくないもので」
「何だったら良いんだ。……答えは簡単だ。文明開化、流石にその言葉なら聞いたことがあるだろう?」
「ええと……確か明治維新に西洋の文化が入ってきたとかいう、アレですか?」
「そうだ、アレだ。世界の標準(スタンダード)となっていた、西洋の文化を取り込むことで、ガラパゴス化が進んでいたこの国は大きく世界に近づくことになった。勿論、幾つかの代償を支払って、な」
「その一つが……そのダンジョンの減少、だと言いたいんですか?」
「物わかりが良いじゃないか。その通りだよ。ダンジョンは徐々に潰されていき、そのまま人間の住む土地へと変貌を遂げていった。ある場所は名前を変え、ある場所は合併により名前が消滅し……気がつけば、古地図を見ない限りそこがダンジョンだったというのは分からないぐらいになってしまっている、という訳だ」
「その……ダンジョンの減少と、このトンネルに来たことには何か理由が?」
「一から十まで話さないと何も分かりないのか、お前は。……良いか、ダンジョンがあるということは、そのダンジョンを使う存在が居るはずだ。それは分かるな?」
「分かりますけれど……でも、それとこれの何の関係が」
「私達が居る組織は、何だと言った?」
「東谷異文化商会、ですよね……」
「違う。悪の組織だ、と言ったな。悪は正義とは違う正義とも言える。ならば、我々にとっての悪……もう一つの正義は何だ?」
「例えば……勇者とか?」
「ふん。そういう時は頭の回転が速いんだな」
 舌打ちをしながら東谷は呟いた。
「勇者というのは、どの時代においても煙たがられるものだな。いや、誰だってそう思うかどうかはまた別な訳だが……」
「どの時代でも? それってまるで……」
「つべこべ言うな」
 ポチッ。
 何処からか取り出したスイッチを押すと、雪乃の身体がビリビリと痺れ始めた。
「うひゃあっ! ……な、何ですかこれ……っ! 私のメイド服に何か仕込んだんですかー!」
「支給されたメイド服に何か仕込んであると思わない方が無防備だと思わないのか? それとも、ぴったりのメイド服だけではなく様々なサイズのメイド服があるから、特に何も起きないだろうと思っていたか? だとすればそれは大きな誤算だ。まあ、痺れると言っても大したレベルのものじゃないから安心したまえ」
「あ、安心とかそういう問題じゃなくて……」
 少し息を荒げつつも、ゆっくりと落ち着かせようとする雪乃。
「それとも電気の強度を強くする方がお望みかね? それなら私は無理強いしないぞ。電気レベルは五段階から選べるものでね、デフォルトの設定は真ん中。つまり、あと二段階上げることが出来る、という訳だな! さあ、どうする、レベルを上げるか? 下げることは許可しないし、言った時点で電気を流すからそのつもりで」
 いったいどういう仕組みでやっているのか、さっぱり理解出来なかった。
 しかしながら、ここで抵抗してしまっても、何も進まない。
 恐らくこれは、相手からしてみれば、こちらを服従させるためのやり方。
 それも、一番手っ取り早い。
 そのやり方を断固として拒否することも出来るだろうが――しかし、それを行動に示し続けていたら何も起きない。
 ならば、表向きはそれに従っておくことにして。
 心は服従していない、ということにすれば良いのではないだろうか。
「何かそれって安っぽいエロゲーみたいな感じがするな」
「……何か急に俗っぽい話をし出しましたね?」
「私だって人間だ。そういうことぐらい考えるとも。……さて、これからこのトンネルをダンジョンに変えていく。否、正確にはダンジョンの要素を揺り戻す。元々ダンジョンとして存在していたが、この現代社会によってダンジョンがダンジョンではなくなってしまっていた、その状態を元に戻す。それによって、勇者はまたここにやって来る。要するに、勇者ホイホイだな」
「そんなゴキブリホイホイみたいな言い回ししなくても……」
「先ずは雪乃、お前にもやってもらおうか。この地の電磁波を測定する。電磁波というのは簡単に言えば……携帯の電波とかが一番メジャーだろうな。その携帯の電波の影響が起きづらい場所であればベストなんだが……このご時世、そんな簡単に上手くいく訳がない。だから、このように設定している。『一定の基準さえ満たせば、電波があっても問題ない』とな。雪乃、スマートフォンは持ってきているな?」
「あ、それってもしかして部屋にあったあのスマートフォンですか?」
「持ってきていないとは言わせないぞ?」
「いや、ちゃんと持ってきていますよ。……って、あれ、これアプリとかまっさらなんですね」
「入れて欲しいアプリは適宜報告する。それ以外にはアプリのダウンロードは出来ないようになっている」
「何故ですか? プライバシーの問題?」
「契約するプランの問題だ」
「プランの問題」
「ギガが厳しくてな」
「ギガが厳しい」
 意外と何処にでもあるような理由だった。




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