⑦

「先ずは、電波状態の確認だ、ここに来ている電波、その周波数を確認する。電話を起動しろ」
「は、はい」
「私の言う通りに打ち込め。良いか、先ずは……」
 そう言っている言葉を聞きながら、雪乃は番号を打ち込んでいく。番号というよりは、コマンドに近いのかもしれないが。
「これ……ほんとうに電話出来るんですか?」
「良いから、私の言う通りにしろ。……きちんと打ち込んだな? それなら、最後に発信をタップしろ」
「ええ……? これについての説明はないんですか……」
「良いからつべこべ言わずに従え」
 仕方がないので、それに従うこととした。
 発信をタップすると通話が始まる――訳ではなく、何故か良く分からない英語が書かれた画面に移行した。
「えっ? これ、どういうことなんですか。何かバグでも起きているんですか?」
「何も知らないくせにバグとか言うな。お前はパソコンを触って壊したのに『何もしていないのに壊れた』とか言う機械音痴特有の言動をする馬鹿か?」
「馬鹿とか言い過ぎですーう! ひどすぎったらありゃしないですかそれー!」
 ぱちーん。
 何処からか取り出したパチンコで、あまり痕が残らないような箇所に玉をぶつけてきた。
 しかも、ただの玉じゃない。
 パチンコ玉だ。パチンコ玉。
「パワハラって知らないんですか、この人……」
「うん?」
「はい?」
「ご主人様、だろ?」
 それ、未だ続いていたのか……。
 ってか、永遠に続くのかな?
「私のことはご主人様と呼べ、と言ったはずだろう? それがこの東谷異文化商会のルールでありマナーだ。それぐらい理解しないと、うちではやっていけないからな?」
「いや、別に私から入ろうと言った訳ではないし……」
「あ?」
「あーいや、何も言っていません、何も」
 こういう輩は適当に答えておくに尽きる。
「話を戻すぞ。私が今から言うパラメータの数値を言え。それでこちらが判断する。良いな? 先ずは……」
 そう言って、東谷はパラメータと思われる英単語をつらつらと述べていく。
 それについての説明は全くしないまま言っていくために、雪乃はそれを全く理解していない。
「ふむ。この数値も問題ない。この数値も範囲内だ。であるならば……ここは随分と良質な『ダンジョンのタマゴ』だな。良くここまで残っていたものだ……」
「ダンジョンの……タマゴ?」
「文字通りの意味だ。この世界には数多くのタマゴが埋まっている。そのタマゴを如何にして利用するかが我々の生き残る道ということだ。……おい、雪乃、先程車から出るときに渡したアタッシュケースは持っているな?」
「見れば分かる話じゃないですか……」
「口答えをするな。もう一度パチンコを喰らいたいか?」
「未だ何も言っていないじゃないですかー! ……で、そのアタッシュケースが何だって言うんですか?」
「それを開けろ。良いか、慎重に扱えよ。貴重品だからな」
「分かっていますよ、それぐらい……」
 雪乃は地面にアタッシュケースを置いて、それを開けた。
 アタッシュケースは型が入っていて、その型にはまるようにカプセルが三つ入っていた。
「……何ですか、これ。カプセル?」
「うち専属のドクターが作った、特製カプセルだ。オーダーメイドで作られている。まあ、環境はあまり気にすることはないんだがな。それに、そのカプセルが使えないからって何か悪い問題が起きる訳じゃない。その為のバックアップカプセルだ。……カプセルは三つあるだろう? 一つがメイン、もう一つはメインのバックアップ、そしてもう一つはそのカプセルを強化させるためのカプセルだ。使い方は……スマートフォンに書類が入っている」
「え? もしかしてここに来るまでに読んでおかないといけなかったんですか……?」
「君はつくづく馬鹿だな。運転をしていたのは君だろう。どうやって運転をしながら、その資料を見ることが出来る? 君は目が四つ付いているのか?」
「別に捲し立てるように言わなくても……。でも、これ、簡単に使えそうな」
「投げれば、良いだけ」
 そこで漸く志穂が声を出した。
 というか、今まで無言で良くやって来ていたな。
「そうだ。それに関しては、志穂だって出来ることだからな。……一応言っておくが、志穂にはちゃんと敬語で話すようにな? お前は一番下。つまりペーペーだ。ペーペーはペーペーらしく従うのが当然の責務だろう?」
「責務……責務? 責務って何なんでしょう」
 こういうところの先輩・後輩ってあんまり関係ないような気がするのだけれど。
「お前、今思っていることを言ってやろうか? ……ただ、言わせてもらうがそれによってパチンコを打つからな」
「それだけはご勘弁願いたい!」
「じゃあ、これを使え」
 カプセルを指さした東谷。
 それを見た雪乃は、首を傾げる。
「だから……これをどう使うのか教えて欲しいんですけれど」
「マニュアルを読め。或いは、そのまま地面に投げつけろ。それだけで良い。ただし、混ぜるな危険とだけは言っておこう。アルカリ性と酸性の洗剤を混ぜると、ガスが発生するって言われているだろう? まさにその通りだ。ガスを発生させたら、我々が生きることが出来ない。逃げてしまえば良いのだが、管理の面を考えるとそれは無理だ。だから、順序とルールを守って行わなければならない。分かるな?」
 そんなこと言われましても。
 しかし、ここでずっとうだうだしても仕方ない。
 だから、雪乃はそのカプセルを見つめた後――それを地面に思い切り投げつけた。


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