②

 少年は洞窟を出て、深い溜息を吐いた。
 今週に入って、もう三度目の出撃だった。
 最初、自分がこの役割に定められたときは、耳を疑った。
 何故自分なのか、と。
 やって来た黒スーツの男は、彼に向かってこう言った。
 巫女様の預言によるものだ、と。
 曰く、この国には昔から神に仕えている一族が居て、その巫女から得られた預言である、と。
 預言ということは、つまり、神から言葉を預かっている、ということだ。
 曰く、これから起きる大災厄からこの国を守るのが勇者の役目である、と。
 勇者。そう、勇者だ。
 RPGで良く見られる、勇者だ。
 おお、死んでしまうとは仕方がない、などと王様に苦言を呈されてしまう、アレだ。
 スマートフォンが振動し、彼は我に返った。
 画面を見ると着信だった。相手はつい数時間前にかけてきた『仕事相手』だった。
「……もしもし」
『電話は直ぐに出てくれないと困りますよう』
 子供じみた、舌っ足らずな感じの声だった。
「すいません。ちょっと手間取っていたもので」
『手間取って? いったい何があったんですか』
「……特にありませんよ。そういう『てい』ってあるじゃないですか」
『てい? ていって何ですか?』
「今耳に当てているそれで調べてください」
『これ? これって……黒電話で調べられるんですか?』
「黒電話って、最早遺産レベルだぞそれ……」
 というか、黒電話って未だまともに動くんですかね?
 言いたかったが、すんでの所で噤んだ。
『……ところで、これで三件ですね。随分あちら側はハイペースでダンジョンを作成……いや、育成しているようですね』
「……その言い回しだと、敵がどのようにダンジョンを作り上げているのか、ご存知のようにも聞こえますが?」
『何のことですか? 良いから、報告をしなさい。経験値は貰えましたか?』
 経験値。
 これまた、ゲームでは良くあるステータスの一つだ。
 経験値というのが、正直どのようなパラメータであるのかは、当の本人ですらも分かっていない節があったが、しかしながら、『あちら』側から言わせれば、それは単なるステータスに過ぎないらしい。
 数値はスマートフォンのアプリを通して見ることが出来るだけでなく、仕事相手の連中はそれを可視化することが出来るらしい。だったらそれを自分にも行って欲しいものだ――とはいえ、実際報告は毎回しなければならないから、それについてはあまり気にすることもないのかもしれないが。
「経験値……ああ、確かに。何体かモンスターを倒したから、経験値は貰えたはずですけれど」
『レベルは上がりましたか?』
「レベル、ですか……。いや、全然。上がるんですかね、これぐらいで。前はもっと何か……簡単に上がったような気がするんですけれど、レベル」
 レベルが上がったとき、それに経験値を得られたときは、それを数値として見ることは、彼には出来ない。
 しかしながら、それを体感することは出来る。経験値を得た時はどこか強くなったような感覚があるし、レベルが上がったときはそれをもっと感じることが出来る。
 実際の所、それが彼の唯一の確認手段でもあった訳だった。
『まあ……良いでしょう。あなたに一度お会いしておきたかったところです。少し会えませんか? 場所は……そうですね、こちらで』
 そう言って、女性が示した場所は彼の家からほど近いバーだった。
「そんなところに行くような人間には見えないが」
『隠れた話をするにはうってつけの場所なのですよ。少しはこちらの世界について知ってくれたかと思っていましたが……まだまだのようですね。もう少し勉強してください、あなたもこの世界を救おうとしているならば』
 それはあなた達が勝手に命じただけだろう、などとは言わなかった。
 そこは彼も大人だ。少しぐらい言わなくて良いことぐらいの判別はつく。
 通話を切り、もう一度溜息を吐くと、彼は背伸びをした。
「それじゃ……向かうとするかね」
 入口に止めておいたバイク、その背中部分に置いてあったギターケースに剣を入れる。
 そして、ヘルメットを被り、彼は洞窟を後にした。
 彼の名前は、篠木祐介。ある組織から『勇者』と呼ばれ――そして、この世界を救うために日々ダンジョンを探索しレベルを上げ、来たるべき時に向けて鍛えている青年だ。


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