①

 いや。
 いやいやいやいや。
 勇者ってどういうことですか、いったい。
「何か不服そうな態度だが、問題でもあるかね?」
「大ありですよ! 勇者って何ですか、そんなファンタジー世界じゃあるまいし」
「日本武尊(やまとたけるのみこと)」
「はい?」
「名前ぐらいは聞いたことがあるだろう。古代日本において、大量の国家に分割されていた日本を平定し、大和朝廷が統一する要因を作った伝説上の人物だ。伝説上ではあるものの、歴史上の人物であるとも言える。つまり……その人物は生きていたということだ。記録に間違いがなければ、な」
「その日本武尊と勇者と、何の関係が?」
「……君は一から十まで言わないと納得しないのか。良いか、かつてこの国にも数多くの勇者が居た、ということだ。その中で代表的な存在として例示したのが、日本武尊だというだけの話だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「ははあ、成る程。あくまで例え話であると」
「そうだ」
「でも、その勇者と私達って何の関係があるんですか? 映像を見た限りだと、さっきのダンジョンに潜入……いや、攻略? していたみたいですけれど」
 ぽちっ。
 がこーん!
 東谷がボタンを押すと天井から金だらいが落下してきた。
 見事にその金だらいは、雪乃の頭に激突した。
「いったあーい……。少しは女性だということを自覚してくださいよ」
「誰のことを、だ?」
「私以外に居ないじゃないですか!」
「……じゃあ、言うが、お前はこの会社で女性だと思われたいのか? 女性社員だから、それなりの処遇をしろと言いたいのか? だとすれば、それこそ昨今話題の女尊男卑って奴だな」
「そ、そこまで……。誰もそこまでは言っていないじゃないですか!」
「黙れ貧乳」
「えっ」
 いきなり自分の弱点(ウィークポイント)を突かれて、何が何だか分からない様子の雪乃。
「質問に答えてやるが、ここはそういうための場所じゃない。一応メイドの格好をさせているから、給仕でも何でもさせるとでも思っているのか? 思っているのだろうなあ。だが、それは大きな間違いだ」
「……じゃあどうして、メイド服を着なければならないのか教えてくれませんか?」
「教える義理はない」
「いや、でも気になりますし……」
「それが仕事のモチベーションに何の関係がある? 百文字以内で答えろ」
「何その某シティみたいな奴……」
 ぽちっ。
 びりびりーっ!
 今度は電撃が雪乃の身体に襲いかかった。
「止めてください! パワハラで訴えますよ!」
「労働基準法をまともに守っている会社があるなら教えて欲しいものだね?」
 言ったのはドクターだった。
 うう、至極正論。
 なんやかんや、ルールを守っていない会社(ばしよ)が多数あることも事実だし。
「まあまあ、ドクター。取り敢えずこれ以上文句を垂れるのはなしにしようじゃないか。何せ彼女は立派な……いいや、ちゃんとした新入りなんだからな」
「そこ言い直す必要ありました?」
 ボタンの付いた箱を取り出して押そうとする仕草を見せる東谷。
 逆らうなら、このボタンを押して、なにがしかの手段に打って出るぞ、と言いたげに。
「はいはいはい! 分かりました、分かりましたから、文句を言った私が悪かったですから、そのお仕置きボタンを仕舞ってください!」
 そう言うと、東谷は舌打ちをしてポケットにボタンを仕舞い込んだ。
 何だ? したくてしたくて仕方がなかったのか?
「……とにかく、その勇者をどうにかしないといけないのが、私達の仕事ってことで良いんですか?」
 こくり、と頷く東谷。
 何だ、だったら最初からそうと言ってくれれば良いのに……。
 言わないところは、もうこれ以上お仕置きを受けたくないから、という意味だったのかもしれない。
「勇者を低レベルのまま排除してしまっても構わない。しかし、それはあくまで『スタンスに則らない』場合だ。……ファンタジー世界を舞台にしたRPGでもそうだが、魔王はなるべくスタートから遠い地点に居るものだろう? それは何故だか分かるか?」
「……レベルアップさせたいから?」
「珍しく頭の回転が速いな」
 珍しく、も何も未だ一日目ですけれど。
「魔王はやろうと思えばそのまま勇者を低レベル……それこそ、赤子の手をひねるかの如く簡単に殺せるのだ。しかし、それをしたがらない。しようとは思わない。何故だか分かるな? 魔王にとってそれが面白くないことだからだ。魔王は……いいや、魔王に限った話ではないな。どのような存在だって、自ら進んでつまらないことをやろうとは思わない。やるとしても、それなりの褒賞が与えられなければやらないものだ。つまり――」
「つまり?」
「魔王は、勇者が自分を斃(たお)せるような存在になれるかどうか、見極めている訳だ」
「じゃあ、ここは魔王のような役割を……?」
 雪乃は、東谷がそれについて頷くものとばかり思っていた。
 しかし、東谷は雪乃の予想に反して、首を横に振るだけだった。
「残念ながら、そんな大層なことをする場所ではない。ドクターの発明が幾ら異世界からの技術を使ったものだとしても、この世界を手に入れたり滅亡させたりする技術は持ち合わせていないだろうな、多分」
 多分って。
 世界で一番怖い『多分』ですよ、それ!
「ただ、まあ、一言言えるとしたら――」
「したら……?」
「やはり、我々は悪の組織という点に落ち着く、というところだろうな」


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