「……何ですか、人をじろじろ見たりして。もしかして、私の年齢が気になったりしますか?」
 私はそれを聞いて、目を丸くしてしまった。心を読むことが出来たのか、余程分かりやすい表情をしていたのか――もしかしたらその両方だったのかもしれないけれど。
「人の心を読むというのは……然程難しい話ではないのですよ。でもまあ、それをすると叱られるんですけれどね」
「誰にですか?」
「めーくんに」
 めーくん?
「……あ、未だ雪乃さんは知りませんよね。めーくんは、会長のことです」
 めーくんって。
 あの輩、そんな可愛らしい渾名があったのか。
「すいません、良く分からないのですけれど……どういう関係なんですか?」
「古くからの友人……が一番近いかもしれませんねえ。それについては、いずれ何処かで話す機会があるかもしれませんけれど、異世界交流一日目の今のあなたに話したところで、正直理解していただけるかどうか分かりませんので」
 何だかやんわりと色々否定されたような気がするけれど、気のせいだろうか。
 うん、きっと気のせいだよね。きっと。
「……時に、雪乃さん」
「あ、はい。何でしょう」
「この仕事は、あなたが今まで関わってこなかった世界について、色々と触れるようになる仕事だということは、既にご理解いただけていると思います。そして、今だからこそ訊ねます。雪乃さん……あなたはこれから先、『世界の真実』に触れることになります」
 世界の真実? 何だか仰々しい物言いではあるけれど。でも、あの異世界ファンタジーの感覚と何が違うというのだろうか。それ以上にもっとやばい何かが潜んでいるとか?
「いや……私はただの一般人ですから、そこについてはあまり……」
「はっきり言って、少し道を誤れば、死にます」
 直球過ぎないか。
「死ぬ……ですか。いやー、ちょっとやっぱりそれでもイメージが掴めないというか……」
「掴めないなら掴めないで結構。しかし、あなたにはここで働いていく上で……ある程度知っておかねばならないこともある、ということです」
「と、言いますと……」
「先ずは、『扉』の正体について」
 扉?
「扉ってあの……ルヴァードル王国との間に出来たって言う、異世界への転移門のことですか?」
「それ以外に何があるというのですか」
 いや、念のため。
「扉については今もなお、政府で調査が進められていますが……表立ってそれを言ってはいません。何故なら相手を怪しむと言うことがバレてしまえば、外交問題に繋がるからです」
「……国も難しいんですね」
「国を管理する存在も、あなたのような一兵卒も、ただの人間に過ぎません。失敗もあれば、成功もある。しかし、国というフィールドを任されている以上……失敗は許されない。小さい失敗ならまだしも、大規模な失敗を招くと、国が滅びる。多くの民が路頭に迷う。世界が破滅へと向かう可能性すらある。特に、異世界との交流には神経質になるのは当然と言えるでしょう」
「それは分かったんですけれど……それと私に、いったい何の関係が?」
 そこまで言ってしまったところで、恵美さんは首を傾げてしまった。
 私、何か変なことでも言ってしまったのだろうか。
「……もしかして、あなた」
「はい」
「めーくんから何も聞いていないの? というか、質問すらしていないと?」
 まためーくん呼びに戻っていますよ。
 それはおいといて――まあ、確かにそうだ。何も説明を受けていないし、質問もしていない。変な質問をしたら電撃やら金だらいやらやって来て文字通り痛い目を見るからね。
「ええ……別に何も……」
「そう……なら、別に構わないけれど。でも、無知は罪とも言いますからね。いつかは必ず、聞いておかないといけない事態に陥るのは間違いありません。でも、それはあなたの責任。そういう事態に陥るまで、話を聞こうともしなかったあなたの責任ですから」
 勝手にここに拉致されたことについては、罪に問われないんでしょうか。
「……夜分遅くに失礼しました。それじゃあ、私はこれで。ココア……冷めきる前に飲んじゃってくださいね」
 そう言って。
 恵美さんはそそくさと私の部屋から出て行った。
 結局何がしたかったんだろう――そんなことを思いながら、私は缶の蓋を開けて一口啜る。
「……温い」
 すっかり、ココアは冷め切っていた。


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