一言で言えば、その後クレアとクラスメイトの仲が親密になるはずがなかった。――当然と言えば当然の帰結かもしれないけれど、しかし、実際問題、それは余所者に対する差別か何かじゃないかなんて勘繰られてしまうのも確かだろう。しかしながら、それは断じて違うと言っておく。それだけは有り得ない。それだけは考えられない。何故なら――彼女は明確に拒絶したからだ。このクラスの全ての存在を、明確に拒絶したからだ。
 ある例を提示しよう。最初は、やはりというか、何というか、普通に人が群集する状態が続いていた。まあ、物珍しいってこともあったんだと思う。外国人のような見た目に、外国人のような名前――日本人とは何処か違う感じがあったように思えた。しかしながら、その全ての問いに彼女は、「興味ないから」と一言で蹴り上げてしまった。そして、それ以上の会話を発展させることはなく、一人、また一人と人が居なくなっていき――最終的には誰も居なくなってしまった。仕方ないと言えば、仕方ないのだけれど。
 そして、彼女の授業態度にもそれは露呈していた。彼女はずっと教科書を読んでいる、至って真面目な生徒かと思いきや、それをスケープゴートにして、何やら分厚いハードカバーの本をひたすら読んでいるのだ。何故それを知っているかというと、プリントを配る時に後ろを向いたら、その様子を目撃してしまったからだ。――ああ、言い忘れていたけれど、クレアは僕の後ろの席、つまり、窓側の列の一番後ろになった。そこが空席だったから都合が良かったのだろう。御陰で僕が彼女のお世話係みたいになってしまったところはあるけれど。先生も少しは面倒な生徒だと思っていたのかもしれない。で、それを面倒なことが起きないように、あまり先生と交流を持っていなかった僕に押しつけた、と。成る程、ひどく合理的な考えだと思う。しかしながら、やはり厄介な生徒を生徒に押しつけるのは何処か間違っているような気がするぞ。それだけは否定しておきたい――なんて思っていたら数日もの時間が流れてしまっていた。
 この学校は昼食は弁当を食べることになっている。弁当がない生徒は一階にある購買でパンを購入するか、事前に予約しておいた弁当を購入するというやり方だ。僕は諸々家庭の事情を考慮して、弁当を事前に予約しておくやり方に落ち着いていた。
 クレアは昼食の時間になると、いつも何処かへ消えてしまう。何処へ行くのか、なんて聞こうとしたこともあった。しかし、彼女は答えないだろうと思い、僕の心中で思いとどまった。まあ、実際問題、中学生というのは噂好きな連中だったりするから、もし僕が彼女に声をかけていたら、何かしらの噂が生まれるのは間違いないだろう、なんて思っていたのだけれど。
 しかし、彼女が何処に向かっているのかは、何となく突き止めていた。それは屋上だった。屋上は危険だからという理由で鍵がかかっていたような気がしたのだけれど、しかしながら、クレアはそれを無視していたらしい。どういうやり方でそれを突破したのかは分からないけれど、転校早々やるなあ、なんて思っていた。絶対騒ぎになることは分かっていた訳だし。――もしかしたら、裏を掻い潜っていたのだろうか? いや、それは分からない。とにかく、それを突き止めようと、僕は購買で弁当を受け取り――余談だが、予約した場合は事前に弁当代を支払っておくから、受け取り時には代金は必要ない――屋上へと向かった。無論、僕が見つかってしまっては物事が何も始まらない。始まる前に終わってしまう。だから、細心の注意を払って、僕は屋上に足を運んだ。思えば、屋上に行くのは初めてのような気がする。今まで、目立つようなことはしてこなかったからな――なんて思いながら、僕は屋上へと続く扉を開けた。
 屋上は、しん、と静まりかえっていた。
 屋上ってこんなに静かだったっけ? と思い込んでしまうぐらいだった。というか、別の階からの声が聞こえてもおかしくないはずだったのに、屋上だけがまるで別の空間として切り取られてしまったかのような、そんな錯覚に陥ってしまう。ただ、そこで怖じ気づいていたら何も始まらない。だから、僕は――一歩前に出た。
 屋上の扉を開けると、直ぐそこに彼女は居た。ペントハウスの壁に寄りかかって、何処で購入したのか分からない奇抜なパッケージに入ったパンを囓り、牛乳をストローで飲んでいるところだった。それだけを見ると、普通の少女に見える。
「……やあ、黒津……さん」
 僕は声をかける。同時にクレアが僕の方を向く。何故ここに人が居るのか、と思っているようなそんな感じだった。僕がここに居るのが、そんなに珍しいのだろうか? それとも、名字で呼ばれるのに慣れていないとか? 後者は――割と有り得るな。小学生の時、名字が二度変わったクラスメイトが居たのを覚えている。そいつは結局、俺のことは名字じゃなくて名前で呼んでくれと言っていたような気がする。僕はそんなにそいつとは仲良くなっていなかったのだけれど。
「あ、あの……黒津さん? どうしたんだい、そんなに人の顔を見て」
 僕の顔に何か付いているのか――なんてことを言おうと思っていたのだけれど。
「…………どうして、ここに居るの」
 彼女の言葉は若干予想外の発言だった。いや、ある意味では予想していた発言とも言えるか。いずれにせよ、僕はそれについて弁解しなければならない、といったところだろう。ええと、と僕は言葉の始めに付け足して、弁解を始める。
「屋上に向かう様子が見えたから、少し気になって。ほら、君、クラスに慣れている感じがしなかったし」
「それを言いたいんじゃない。……ここに、人払いをかけていたはずなのに」
 人払い? 僕はそれについて反芻したが、意味が分からない。言葉通りの意味を取るならば、彼女がここに人が来ないように指示を出していた、ということになる。どうやって? 転校して未だ数日しか経っていない、言ってしまえば新参者の彼女がそんなことを出来るのだろうか。
「おかしい。ここには魔法を使える人間は誰一人居ないと調査しておいたはずなのに……。どうして、どうして?」
 さらに、彼女は独り言を続ける。魔法という単語が出てきたことを察するに、やはり彼女は。
「やはり、君は魔法少女だったんだね。それも、この前の事故を未然に防いだ」
 僕は彼女の隣に座り、持っていた弁当を取り出す。彼女はそれを見て、少しだけ距離を取った。あれ? もしかして僕、嫌われてる?
「あなた……魔法を知ってるってことは、魔法使いということ? 私に近づいたのは何が目的? もしかして、魔法都市から私を連れ戻しに来たの?」
「……ええと、ごめん。君が何を言っているのか、さっぱり分からないのだけれど」
 それを聞いた彼女は目を丸くしていた。何だ、僕は何か悪いことを言ってしまっただろうか? 僕はそう思いながら、気分を変えるべく、弁当の中身を見ることにした。今日の弁当は唐揚げ弁当だった。プラスティックで作られた弁当箱の中に、唐揚げが四つ、揚げ豆腐、漬物、ポテトサラダ、ご飯が入っている。バランスの取れた、とても有難い弁当だ。これで四百円、しかも大盛りは無料で出来るというのだから、弁当を作っている人には頭が上がらない。食べきれないから大盛りにはしないのだけれど。
 彼女は、まさか、という表情を浮かべながら、僕に問いかける。
「……あなた、本当に魔法については何も知らないということ? ただの一般人なの?」
「ええと、まあ……そういうことになると思うけれど」
 信じられない、と言わんばかりの困惑ぶりだった。いったい僕が何をしたというのだ。小一時間問い詰めたいぐらいだ。いや、それは出来ることならやらない方が今後のためかもしれない。
 弁当の蓋を開けて、割り箸を割る。そして、唐揚げを一つ口に入れた。揚げたて、という訳では当然ないのだけれど、しかしながら、ジューシーな肉汁が口の中に広がった。流石に学校用だからニンニクは使っていないようだけれど、その分ショウガが利いている。味も醤油ベースの味付けがされているためか、何もソースをかけなくても美味しく出来ているのは有難い。僕はそのままご飯を口に運んだ。
 ぎゅるる、という音が鳴ったのはちょうどその時だった。はて、何処から鳴ったものだろうか? 僕はご飯を食べているのだから音が鳴る訳でもない。自然から出た音とも思えない。ちうことは犯人は――と僕はクレアの方を見てみると、クレアが頬を真っ赤にして僕の方を見ていた。そのまま僕は唐揚げを箸で差し、言った。
「……食べる?」
 これが、僕とクレアの初めての交流となった。


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