クレアはいったいどうやって僕の鳴らした笛の音を聞き取ったのだろうか。魔法使いにはそういう訓練が必要だったりするのだろうか。それとも、特殊な音が発せられていて、遠くに居ても聞き取ることが出来るとか、そういう類いの話だったりするのだろうか。そんなことを考えていた訳だけれど、クレアに身体を引っ張られて、僕は我に返る。そうだ、今はそんなことをしている場合じゃない。今は、あの白いスーツの男から射出された丸薬を避けなくてはならないのだ。そのまま喰らって何が起きるか分かったものじゃない。即効性の毒だったら、その場で死んでしまうことだって十二分に有り得るからだ。だったら、急いで逃げなくてはならない。僕とクレアは歩幅を合わせて、少しずれた場所に移動――ただし白いスーツの男からは視線を外すことのないような場所に移動――して、クレアは指を弾く。同時に時間の流れが急激にスピードを上げ、元々僕達が居た時間軸に合流する。
 爆発音が起きる。それを聞いて、僕とクレアはそちらを見た。すると、僕達が今まで立っていた場所で爆発が起きていた。成る程、あれは爆発を引き起こす何らかの類いだったのか。もしかしたら、火薬を充填していたのかもしれないし、或いは、小型の爆弾だったのかもしれない。魔法の類いではない可能性だって充分に有り得る。そう思って、次は白いスーツの男に視線を移す。白いスーツの男は僕達が別の場所に移動しているのを確認して、目を疑っている様子だった。どうやら一撃で斃せると思っていたようだが、そう簡単にいくはずがない。それだけで終わってしまうなら、まさに一巻の終わりと言った所だろう。
「馬鹿な……馬鹿な! どうして、あの爆発を抜け出してるんだ! あの爆発から逃れることは出来ないはずなのに!」
「ふうん、あの爆発は、あなたが起こしたものだったの」
 いや、見れば分かる話だろうよ、クレア。と思ったけれど、突っ込むのは野暮だろうし、取り敢えず状況を確認しておくことにした。爆発があった場所は、地面が黒ずんでいる。かなりのエネルギーを使ったようにも思えた。しかし――不審に思ったのは、その場所が不自然に濡れていることだった。あれ? 雨とか降っていたっけ?
 そんな考察を続けていたら、ちゃきん、という音が聞こえてきた。いったい何があったのかと視線を元に戻すと――クレアがナイフを片手に白いスーツの男を睨み付けていた。ナイフ、と一概に言ってもただのナイフではない。所謂サバイバルナイフの類いだと思う。柄の部分には、アクセントとしてなのか、或いは魔法的な考えなのかは分からないけれど、九個の宝石が散りばめられていた。そして、僕は直ぐにどうしてクレアがナイフを持っているのか、ということについて、僕なりの回答を得ることになった。クレアは『時』を操ることが出来る。正確に言えば、スローモーションにすることが出来る訳だが、それを攻撃に使うことは非常に難しい。使うとするならば、やはり自分に降りかかる火の粉を避けるために時間をゆっくりにして、そこから優雅に移動する、ぐらいしか想像が付かない。では、自らの身を守るにはどうしたら良いだろうか? 答えは簡単だ。それに対する武器を持ち合わせれば良い。そして、それを阿山しれないようにするためには、やはり武器をコンパクトにすることが一番だという訳だ。
「はっ。そのナイフ一つで僕を殺そうとするのかい。そんなことが出来るとでも思っているのかい?」
「出来るの。そうじゃなかったら、私はナイフを使わないの」
「ふん。減らず口を叩きやがって。それでも、魔法使いなのか。いったいどういう魔法を使ったのか分からないけれど……少なくともナイフを使うと言うことは、君の魔法は攻撃に適さない魔法であることは分かる」
 再び、ポケットから丸薬を取り出す。
「気をつけろ、クレア。あいつ、あの丸薬を飛ばしてくるだけで爆発を引き寄せた。いったいどんなメカニズムなのか分からないけれど……」
「そう。そう、そう、そう、そう、そう、そう! 僕の魔法の種が簡単に分かってたまるものか。分かってなるものか! 僕は、唯一無二にして縦横無尽に魔法使いとして君臨するのだから! 僕の、その魔法を、理解してもらっては困るんだよ」
 そして、白いスーツの男は丸薬を飛ばす。クレアは再び魔法を行使して時間の流れを緩める。そして僕達は安全圏に移動し、クレアが魔法を解除し――爆発が起きる。爆発地を見ると、やはり地面が濡れていた。雨が降っていた訳ではない。さっきの場所だけなら、元々何らかの原因で濡れていたと推測出来るが、先程僕達が居た場所は、特に地面が濡れているようなことはなかった。――ということは、この現象に、あの魔法を紐解く鍵があるのだと、推測出来る。
「クレア」
「何?」
「少し、時間を稼いでくれないか。僕は考えておくよ、この魔法使いを突破する道を」
「分かった、でも」
 クレアは僕の左手をぎゅっと握った。
「動くことは、止めないから!」
 三度、魔法を使う。今度はあの白いスーツの男に向かうために。攻撃をするために。直前まで近づいて、そこで魔法を解除する。白いスーツの男からしてみれば、いきなり僕とクレアが目の前に現れたのだから、慌ててしまうのは当然のことだろう。しかし、相手も魔法使いの一人であることには間違いないようで、いつの間にか手に忍ばせていた丸薬を僕達に叩き付けた。危ない! と思い目を瞑ってしまったが、しかし、それはただの目眩まし。煙玉だった。黒い煙がもくもくもくもくと生み出され――やがて僕達の視界を埋め尽くす。それによって、ほんの僅かであったとしても、僕達から『時間』を奪い取った。
「クレア!」
「分かってるの!」
 僕の言葉に、クレアは答える。四度目の、魔法だ。煙に包まれた視界から急いで外に出ると――ちょうど僕達がそこで出てくるのを待ち構えていたのか、ゆっくりと白いスーツの男が動いていた。しかし、この時間軸には僕達しか居ない。僕達しか干渉できない。だから、だから、だから――この時間軸では、クレアは無敵だ。敵なんて居る訳がない。それこそ、この時間軸に干渉出来る存在が居ない限り。
 パチン! と指を弾く音が聞こえて、僕達の時間軸は、元々の時間軸に合流した。最初はその不思議な感覚――どちらかと言えば眩暈に近いだろうか――にも慣れてきた。こんな状態に慣れてしまう人間なんて、きっと僕ぐらいのものだろうけれど。
「何故だ、何故だ! 何故だ、何故だ、何故だ、何故だ、何故だ! 何故、何故――」
 白いスーツの男は、ただただ言葉を連ねていた。クレアが使っている魔法の正体が掴めないらしい。――でも、魔法使いなら、相手の使っている魔法ぐらい分かって常識じゃないのか?
「でも――これで分かった」
 僕の言葉を聞いて、クレアはゆっくりと頷いた。それを合図と言わんばかりのタイミングで、五度目の魔法を放つ。今度は距離を一気に縮めて、白いスーツの男を追い詰める。クレアは何処からか取り出したワイヤーをそのまま白いスーツの男に巻き付けて身動きが取れないようにして、そして――勝利宣言の如く、左手を上げて指を弾いた。
「な……な! いったい何が起きたというんだ! 僕は、僕は、僕は――! 魔法を使って、お前達を追い詰めていたはずなのに! 逆に、僕の方がこのようなことになってしまうなんて」
 身体を捩って何とかワイヤーをはずそうとしているが、無駄だった。そんな簡単に外れるようにワイヤーで括っているとは思えなかったからだ。クレアが一歩前に出て、言う。
「そのワイヤーは、このナイフと同じように、魔法使いの動きを止めるように出来てるの。どういうメカニズムかは言わない方が良いと思うから言わないでおくのだけれど……、でも、少なくともあなたの動きを止めることは出来るの」
「ば、馬鹿な……。魔法使いの動きを止める効果のあるアイテムだって……? そんなもの、いったい何処で開発されたと――」
 クレアは容赦なく、白いスーツの男の右手にナイフを突き刺した。
 



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