そもそも栄までどうやって行くんだろうか――なんてことを考えていた。この辺りを走っているバスは五時台が終バスだが、既にそのバスは出てしまっているし、となると、今でも走っている系統のバスが発着するバス停まで移動する必要がある訳だけれど、しかしそうするとそれなりに歩く羽目になるので、それはそれで面倒なことになると思っていた。僕とクレアだけなら、それも仕方ないと思っていたけれど、こんな屋敷に住んでいるようなエレナもわざわざ歩くのかと言われると、それはそれで何だか微妙なことだと思っていたからだ。
 で、結論から言うと――僕は黒いリムジンのような車に乗っていた。いや、僕だけではない。クレアもエレナも、だ。運転しているのはエレナではない。エレナが生み出した土人形の執事だった。元はエレナの両親が生み出したものらしいのだが、管理はエレナが行っている。エレナとしては、自分が出来ないことをしてもらえるからかなり重用しているらしい。まあ、確かに車の運転が出来るとしても、こんな豪華な車、一人で運転しようだなんて思わないもんな。
「それにしても……、こんなところまで高速道路が走っているんだな」
「あそこにイオンモールが出来たじゃろう? それでこの辺りの再開発の需要が高まったのじゃよ。だから、今でも色んな場所で造成が進んどる。……まあ、この辺りは閑静な場所だ、というのが取り柄だったんじゃがのう、それについては致し方ないとも言えるか。漸く人口減少に歯止めがかかりつつあるところなんじゃからのう」
「……でも、僕は静かな方が良いかな」
「都会に住んどるのに、か?」
「都会に住んでいるからこそ、さ」
 僕は嘯く。実際それを正確に理解出来たかどうかははっきりとしない訳だけれど、しかしながら、僕の価値観を少しでも理解してくれたなら、やっていけるかもしれないな、とは思った。
「……ふん、まあ、それについては私も良いとは思ってた。ずっとこの場所で暮らしてくのも悪くはないがのう」
「それって、つまらなくなった、ってことなのか?」
「どうじゃろうなあ、分からぬよ。でも、それは私達魔法使い以外も持ってる……感情の一つなのじゃないかね?」
「感情の一つ……ね」
 僕は、エレナの言った言葉を反芻した。正直なところ、それ以上のことはあまり強く言えなかったし、ぱっと思いつくものが見当たらなかったけれど、しかしながら、魔法使いも僕のような一般人も考えつくのはあまり変わらない、ということなのかもしれない。或いは、感性が似ていると言えば良いのかもしれないけれど。
 窓から外を見る。高速道路からの景色は壁に阻まれて見ることは出来ないけれど、車がどんどん追い抜いていく姿だけは見える。この車が遅いのか、それとも他の車が速すぎるのか。
「……法定速度を遵守してるのじゃよ」
 僕の言いたいことを理解してくれたのか、エレナは言った。対してクレアは僕とエレナの会話がさっぱり理解出来ていないようだった。まあ、中学生にそういう考えをさせるのが難しいか。普通の生活をしている人間ならまだしも、クレアみたいに魔法都市にずっと住んでいた魔法使いなら、この世界での常識が通用しないのも、半ば仕方ないことなのかもしれない。
 ガクン、と車が揺れた。見ると、運転手がブレーキペダルを踏んだらしかった。最初、僕は渋滞に巻き込まれたのかな、と思った。でも、それだったら緩やかにスピードを落とせば良いだけのような気がした。だから僕は、辺りに異変がないか見渡した。
 そして、原因を突き止めた。
「エレナ、あれ!」
 僕が指さしたその先には、一人の男が立っていた。黒い燕尾服を着た、壮年の男性のように見えた。シルクハットで表情を窺い知ることは出来ないが、このような場所に居る以上、少なくともただの人間ではない――。
「魔法使い……!」
 僕の言葉を聞いて、エレナは頷く。
 そして、それと同時に男はシルクハットを取って、表情をこちらに見せた。
 男はニヤリと笑っていた。そして、僕達に向かって高らかに宣言した。
「……ここに、『時の娘』が居るはずだと思ったのですが?」
「時の娘?」
「恐らく、クレアのことを言ってるのじゃろうよ。彼奴、既に能力を把握しとるようじゃな」
「出てきなさい、時の娘! でなければ、大変なことになりますよ」
「おい! 何しているんだ、さっさと退かねえか!」
 そう。言い忘れていたが――僕達の車がその『障害物』を見て停止した時点で、後続の車も停止していた。それは渋滞を引き起こす遠因になりかねないが、事故を起こす訳にもいかない。そういう訳で多くの車がここで立ち往生してしまう訳だったが――。
「おや? どうやら、部外者が立ち入ってきたようですね」
 全員が全員、立ち往生したまま待機出来るなら苦労はしない。少なくとも何人かは、その違和感を抱きつつ、そしてその原因が判明しているなら、その原因を取り除くべく動くのは間違いなかった。
 それが魔法使いであるということは、確実に知らないだろう。いや、知っていても実際に出会うことはないと思っているかもしれない。実際、魔法使いに出会う人間なんて数は限られているのだから。
「何を喋っていやがる! 良いからそこを退けと言っているんだ。お前のせいでここが封鎖されているんだろう!」
 サラリーマンのような風貌をした男は、すたすたと燕尾服の男の元へ近づく。
 燕尾服の男は深く溜息を吐いて、しばらく思考した後、言った。
「……邪魔、ですね」
「は?」
 刹那、燕尾服の男は持っていたステッキをサラリーマン風の男に向けた。そして直後――。
 パン、と乾いた銃声が現場に響き渡った。そのまま倒れていくサラリーマン風の男。頭を撃ち抜かれて――そのまま死んだのだろう。
 次に上がったのは、悲鳴だった。そして、パニック。一気に現場がパニックになり、自らの車をバックさせようとして後方の車に激突する。そんな音が夜の高速道路に響き渡っていた。
「おぬしは、そこで待っとれ」
 エレナはそう言って、ドアを開けた。僕を戦いに巻き込まないつもりなのだろうが、そうはいかない。
「いいや、僕も行かせてくれ。何か出来ることがあるはずだよ」
「出来るって、何がじゃ」
「それは……断言出来ない。でも、きっと役立つことが出来るはず。絶対だ。それにクレアから離れることはしないよ、絶対に」
 二つの絶対を口にして、僕はエレナを見る。
 エレナは呆れたような、諦めたような、そんな溜息を吐いて、話を続けた。
「……呆れてものも言えぬよ。おぬし、魔法使い同士の戦いに、一般人が参加出来るとでも思っとるのか? 答えは否だ。出来る訳がない。魔法使いは魔法を使って、一般人には到底処理出来ない、対応出来ない、ハイレベルの戦いを行うのじゃ。その戦いに、何の取り柄もない、何の守護もない、おぬしがついていけると?」
「カズフミは……前に別の魔法使いと戦った時も、その魔法の仕組みを解析出来たの。だから、戦力にはなると思うの」
 クレアの言った言葉が、僕にとっては援護射撃となった。
 それを聞いたエレナは首を横に振って、
「分かった、分かったよ。そこまで言うなら、ついてくるが良い。……じゃが、責任は持てぬぞ」
「それぐらい、最初から承知の上だ」
 そうして、僕達は共闘することとなった。先ずは目の前の敵を倒さねばなるまい。そして、敵が何の目的でクレアに立ちはだかるのかについても、ある程度把握しておかなくてはならないだろう。正直言って、この戦いではやるべきことが多過ぎる。この前の戦いで言っていた、あの組織も関わっているのだろうか。答えは――今判断するべきではない。戦いで、その結果で見極めねばならない。そう思って、僕はエレナに続いて、リムジンの外に出た。リムジンには、運転手の土人形が一人残される形となるが、エレナとしては、人間ではないから別段問題ないのだろう。だから、僕は特にエレナに何か言うことなく、そのまま外に出る形となった。


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