「やはり、おかしいなあ、と思ってたのですよ。時の娘、あなた、仲間を見つけましたね?」
「……時の娘、時の娘と五月蠅いの。私には黒津クレアという名前があるの!」
「私は名前を覚えるのが苦手でしてね。それぐらいは許してくださいよ。……どうせ、戦うことになるのですから」
「何故、戦わないといけないんだ?」
 僕は、至極まっとうな質問を投げかけてみた。
「おやぁ? あなたが、噂の謎の少年ですか。確か魔女の笛を持ち合わせてるとかどうとか」
「それを知っていると言うことは……、『魔女狩りの教皇』の一員なんだな?」
「それを知って、どうするつもりなんですかねえ? 知ったところで何の意味があるのか……」
「それはこっちが聞きたいの。どうして私達は戦わなければならないの? 私達は同じ魔法使い。だったら、手を取り合ってくべきだと思うの。違わないかしら?」
「そんなもの、デメリットがあるからに決まってるじゃないですか。我々とあなた達では、絶対的に埋められない溝のようなものがある。奇跡的にそれを埋められることが出来たとしても……、まあ、袂を分かつしかありませんよね」
「交渉は出来ない、と言いたいのか?」
 僕の問いに、シルクハットの男は頷いた。
「ええ、ええ。まあ、そうなりますよね。実際問題、それは仕方ないことだと思いますから」
「原因は、父さんなの?」
 クレアは言った。そう思うのは、当たり前のことだった。僕達の目的は、クレアの父――黒津空我の行方を探ること。それが不利益であるから僕達を阻みに来たのだ――そう推測出来る。
「確かに黒津空我は優秀な研究者です。魔法都市が手放すのも惜しいぐらいの人材だったと聞いてます。ですが、私はそれが何処まで正しいことなのかは、分かりません。黒津空我にあなた達を到達させないことが、結果、私達に何を生み出すのか? それはさっぱり見えてこない訳です」
「だったら、私達の行く末を阻まなくても……」
「……ですが、私も組織に所属する魔法使いである以上、その方針に逆らうことも出来ない訳です」
「……そうか。少しは話が出来ると思っとったのじゃがのう」
 一歩前に出たのは、エレナだった。エレナはポケットからスマートフォンを取り出して、魔法を使おうとしていた。しかし、エレナの魔法だと時間がかかりそうな気がしてならないのだが――。
「クレア!」
「……分かったの!」
 阿吽の呼吸――とでも言えば良いだろうか。二人は元々何か合わせていたかのように、クレアは指を弾いた。それは、何度目になるか分からないが、クレアの魔法の開始を意味していた。クレアの魔法には制限時間が存在する。無限に使える訳じゃない。使う度に持っている砂時計をひっくり返して時間を計測しておく必要がある訳だ。あとどれぐらいでこの魔法の期限が切れるか――ということを加味しながら動いていかねばならない。
 エレナはスマートフォンと一緒に四角い黒い箱を取り出した。箱にはカメラのレンズが装着されていて、何かを映し出すような、そんな機器に見えた。ライトニングケーブルを使って、箱とスマートフォンを繋ぐ。そして、レンズを地面に向けて、そのままスマートフォンで操作をすると、スマートフォンに何かが映し出された。――少し遅れて、その箱がプロジェクターであることに気づかされた。そういえば、あの屋敷でエレナは言っていた。スマートフォンに魔法書を保存しているのだと。魔法書には恐らく魔方陣も保存されているのだろう。そして、スマートフォンの画面を地上に投影出来るものさえあれば、魔方陣をわざわざ描く必要もない、ということに気づかされる。
 タン、とエレナは右足をリズム良くタップする。それを合図にして、僕達よりも背格好が大きい土人形が地面から湧き上がってきた。
「うわっ……、まさかこんな風に魔法を使うなんて」
「ざっとこんなもんじゃのう。……まあ、後はどう転ぶかは、相手の出方次第といったところじゃろうか」
 そして、時間の速度は元に戻る――しかし、シルクハットの男はあまり驚いていないようだった。相手からすれば、いきなり土人形が出現した、という訳になるのだが、クレアの魔法を理解している以上、あまり驚くべき点もない、といったところだろうか。
 よく見ると、生み出された土人形は少し黒い見た目をしていた。――コンクリートを主成分としているからだろうか? だとしたら強度が土主体のそれとはまったく異なる結果になりそうだけれど。
「くくく。ふはは! そちらの魔法使いは何を出してくるのかと思ってたら、まさか、土人形を生み出すだけだったとは! それがどう戦闘に役立つというのですか。どちらも補助体系の魔法じゃ、勝ち目がないというものですよ」
「それはやってみないと分からんよ。……それとも、おぬしの魔法も補助体系なのかね?」
 エレナは、煽ることはかなり得意のようだった。思えば、さっきの力量を試された時も、そんな感じの口調が多かったような――。
「……っ、舐めてもらっちゃ困りますよ。こちとら、銃を持ってるんですよ?」
「当たらなければ、どうということはないじゃろうが。それとも、その弾丸には魔法が込められてるとでも言いたいのかね?」
「ふざ、けるなあっ!」
 ドン、ドンドン! と続けて三発撃ち込まれる。しかしその弾丸は全て僕達の前に立っている土人形が受け止めて、吸収していく。
「ふむふむ。やはりというか、何というか……。模擬土を使っただけあって強度が良いのう。普段の土人形とはまったく違った感じじゃわい」
「でも、どうするつもりなんだ? 確かに敵の言うとおり、こちらには、攻撃出来る魔法を持ち合わせていないんだぞ。しかし、敵が魔法を使ってこないのも気になる点ではあるけれど……」
「そこじゃよ」
「?」
「私が気になってるのは、特にその点でな。あの男はどうして魔法に頼らない? あの銃が魔法を使う手段になってる可能性も有り得るが……しかしそれでも謎は残る。そこで、考えられる結論として浮かび上がるのは……」
「ウリエル、そこまでなのよ」
 鈴を鳴らしたような声が聞こえた。その声は、ウリエル――恐らくあのシルクハットの男の呼び名なのだろうか――の向こうから聞こえてきた。ウリエルが振り返ると、そこには、金髪ツインテールがドリルのようになっている少女が立っていた。見た目からして、僕達よりも小さいように見える。しかし、ウリエルを呼び捨てにしたところを考えると、かなり地位は高いのだろうか?
「……誰かと思えば、ガブリエルか。いったい何故ここを知った?」
「あなたこそ、どうして彼女達と戦おうとしてるのよ? 私達の役目はそうではない。確かにいつかは袂を分かつ時が来るかもしれないけれど……、でも、少なくとも今じゃないのよ」
「話が分かりそうな魔法使いが居てくれて助かるよ」
「……少なくとも、今は戦うべきではない、ということだけ。私達の目的を妨げるようならば、攻撃を仕向けると言うだけなのよ」
「それと、クレアの父親探しと何の関係性が?」
「黒津空我博士は、ある研究をしてたのよ。そして、その研究を我々は追い求めてる、ということなのよ」
「魔女狩りの教皇は、それを目的にしている、と?」
「魔法使いの地位は、今の状態では明らかに低すぎる」
 ガブリエルが唐突に語りかけた。
「……は?」
「魔法使いの地位を上げるためには、魔法使い自身が何とかしなければならない。しかし、今の状況では、それを行うことすら出来ない。この文明の人間は、魔法使いを便利な駒としか認識してない。それは、何が何でも阻止しなければならない。ただ、それだけなのよ」
「……父さんが、いったい何の研究をしていたというの?」
「ノアの方舟を知ってる?」
 ノアの方舟――確か、人間が愚かな存在になってしまったために、神様とやらが大洪水を引き起こしたけれど、ノアという人間には事前にその存在を知らしめて、一部の人間と動物だけを生き長らえさせるために方舟を作らせたとかいう――その方舟のことだろうか? でも、どうしていきなりその話題を?


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