「やあやあ、それにしても良いお店だよね。レコードが流れてて、コーヒーの良い香りがして、マスター一人だけの空間でさ。最初は気になってたんだよー、クレア一人で大丈夫なのかな、って。居候制度、あれ結構不便なポイントがあるからさー、実際問題、使い勝手が悪かったりするんだよ。だからね、私は魔法学校に通ってた訳なんだけれどね。あそこって、魔法に関する論文を書いて、それなりの舞台で発表したら、ちゃんと学位とか貰えるって知ってたかにゃー? 知ってるなら良いけれど、クレアもその辺きちんと理解しておいた方が良いよ。案外、魔法使いっていつ消えてしまうか分からない職業だしねー。パイ全体が少なくなるということは、最終的に魔法使い一人一人が得られる配分はより少なくなるって認識だからにゃー、その辺りきちんと理解しておいた方が良いよ。あ、ありがとうございます、えーと、確か、最上さんでしたっけ? いつも妹がお世話になっております……。え? 私? 私はクレアの姉の、黒津クララです。魔法学校高等科を首席で卒業予定の、天才魔法使いです! 以後、お見知りおきを……。あ、で、何の話だったっけ?」
 ……このまま続けていると、一話まるまるこの人との会話で終わってしまいそうな気がする――そう思った僕は、一度目の前の人物について、確認しておく必要があった。
 黒津クララ。彼女が言う限りでは、クレアのお姉さんらしい。高等科、ということは僕らより最低でも二つ以上は年上、ということになる。魔法学校とやらに飛び級があるのかどうかはさておき。
「……一つだけ言っておきたいの、お姉ちゃん。いったい全体、どうして、ここにやって来たの? 感じからして、ただの観光や物見遊山ではなさそうなの」
 クレアの問いに、アイスココアを飲みつつ頷くクララ。
「それについては、まあ、色々と言いたいこともあると言えばあるのだけれど……、私が言いたいのはただ一つだけ。魔法使いに関する事件が起きている、可能性がある。あくまで、確定事項ではないけれど。……うーん、それにしてもこのアイスココア、美味しいねえ。ココアが美味しい喫茶店は繁盛するって聞いたことがあるよ。気のせいだったかな? 魔法都市にもアイスココアが美味しいお店があってねえ、私はそこに行くのが趣味というか日課というかミッションというか……まあ、そんな感じだった訳さ」
 この人、ほんとうに話すと一から十まで出てくる。逆に凄い。
「お姉ちゃん、話すことは、簡潔にまとめて欲しいの。時間は有限なの」
「時を司る魔法を使える黒津家が言うと説得力があるよね、それ……。まあ、いいや。とにかく、話を戻すと、最近この辺り、『流れ』が悪くなってるの。知ってた? いや、我が最愛の妹にそれを質問するのは間違いかもしれないね。何故なら、それは魔法使いであるなら、誰だって理解することが出来る、魔法使いの基礎と言えるものなのだからね。……で、クレア、君はそれを理解してるかな?」
「……確かに、ここに来てから魔法使い絡みの事件が多いような気がするの。もしかして、『流れ』が原因だったの?」
「あのさ、ちょっと聞きたいんだけれど。魔法使い同士の会話なので、それなりな専門用語が出てくるのは致し方ないとして……。少しは、一般人が会話に参加していることを考慮してくれないか?」
「……ああ、そうなの」
「何? そこのあなたは、魔法のマの字も知らないって訳? いくら何でも、魔法使いと一緒に行動してるんだから、それぐらいは理解してもらわないと困るんですけれど。……まあ、いいや。『流れ』については、簡単に説明すると、魔力の流れのことを指すんだよね。龍脈について聞いたことはあるかな? ……聞いたことがあってもなくても話は続けるけれどね」
 龍脈。確か、地中を流れる気のルートだったか? それに、エネルギーが噴き出す穴に住めば一族代々繁栄出来るなんて聞いたことがある。でも、それと何の関係が?
「関係があるかどうかは君が決めることじゃない。私たち魔法使いが決めることなんだよ。魔法使いは第一に『流れ』を考える。『流れ』があるからこそ、魔法使いは動くことが出来る。そして、魔法使いは『流れ』に影響を受けることもあるし、自ら『流れ』を作り出すことも出来る。その意味を理解出来るかな? つまり、『流れ』が悪くなってるということは……」
「……魔法使いがそういうものを作り上げている?」
「そういうこと」
「お姉ちゃんはどう思うの? 魔法使いが関連してる事件があると思う?」
「あると思うよ。……例えば、最近行方不明事件が多発してるらしいね?」
 そういえば、そんな話があったような気がする。
「あれ、何かしらの法則性があると思うんだよね。例えば、何かしらの魔法を使った形跡とか、あるんじゃないかな? だから、一応確認しておきたいんだよね。魔法使いが関係してるか否か」
「あの事件、変わった凶器が使われているって話だったよ。はい、アイスクリームおまけ」
 最上さんがいきなり首を突っ込んできた。ええと、何をおっしゃっているのでせうか?
「ほう。やはり何か違うと思ってたけれど……、ただの喫茶店のマスターじゃないのね。で? あなたはどういう情報を得てるというの?」
「行方不明にならず、怪我を負った女子高生が言っていたそうなんですけれど」
 被害に遭っていたのは、女子中学生だけじゃなかったのか。
「何でも、相手が使っていた凶器は金色に輝いていたらしいんですよね。メッキの可能性も捨てきれませんが……、しかし、金で出来た凶器である可能性も捨てきれません。さて、そこで問題です。金と聞いてピンと来ることは?」
「……錬金術?」
「ご明察。とどのつまり、錬金術師が関わっているんじゃないか……なんて私は推察出来るんですよ。まあ、何処まで本当なのかは分かりませんけれど。その女子高生が適当言っている場合も有り得ますし」
 でも錬金術と魔法って別物なような気がするけれど、それでも魔法使いがやったと言えるのだろうか?
「……何だか疑問符が浮かんでるようですけれど、魔法と錬金術って結構近しいジャンルですからね? 言ってしまえば、魔法の中の一分野として存在してるのが、錬金術と言えるでしょうね。まあ、知ってるか知らないか、と言われたら、普通の人間はそこまで知らないようですけれど。それにしても、錬金術師が殺人紛いのことをする、と。少し気になってきますね、それ。やっぱり、魔法使いとしては見過ごせないところもあるというか何というか……。やっぱり、商売敵を何とかしたいところってあるよね。え? 商売でも何でもないって? それはご愛嬌。いずれにせよ、私たちのような、一般人とは違うような存在の価値観を下げるような存在を、許す訳にはいかないよね。クレアはどう思う? そういう存在を許す訳にはいかない、って思うよね。私は思うよ。やっぱり、魔法学校高等科に通ってる未来のエリート魔法使いにとっては、魔法使いの未来を脅かすことになりかねないからね。……あ、最上さん、アイスクリーム美味しいですね、これ。え? 名古屋にはデニッシュの上にアイスクリームを乗せた料理がある? 何それ、すごく食べてみたい! ねえねえ、後で食べに行かない? いつでもいいよ! だって私は暫く居るし。次の土日でも良いんじゃないかな。次の土日っていつだっけ? ええと、明後日?」
「いや、待ち合わせとかどうするつもりですか……。携帯電話とか持ち合わせていないんですか?」
 そう言うと、クララは首を横に振った。魔法使いって、近代科学を信用しない主義でもあるんだろうか?
「じゃあ、ここで待ち合わせするの。お姉ちゃんは何処に泊まってるの?」
「ホテルだよ。場所は、ええと……確か、栄って場所だったかな? 結構煌びやかな場所だよね。観覧車が町中にあるとは思わなかったよ。それ以外にも何だかガラス張りのすごい綺麗な建物があったり……、バスが中央に走ってるレーンがあったり……、高い建造物がいっぱいあったり、とにかく私にとっては驚きの連続だったね」
 確かに、この国の科学技術の最先端に近い場所だもんな、名古屋って。語弊があるかどうかは、今は議論しないでおくけれど。
「何せ、なかなか魔法都市の外に出たことがないから。魔法学校って、そういうところが閉鎖的な文化ではあるよね。それを考えると、クレアのやり方も悪くないのかもしれない。私も数年遅かったら、そっちを選択してたかもしれないなあ……」
「ところで、最上さん、その女子高生が狙われた場所は?」
「場所ですか? ええと、確か……ここですよ」
 ポケットから取り出したスマートフォンで地図アプリを起動して、そして一つの場所を指し示した。その場所には、こう書かれていた。
「梅森荘。……名古屋市の東端付近にあるバス停の名前ですね」




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