呆気ないほど、或いはつまらないと思うぐらいに日常は過ぎ去っていった。それについてはあまり語るべき話題ではないのかもしれないけれど、いずれにせよ、僕の価値観も鈍っているような気がしていた。魔法少女――もとい魔法使いに出会ったことが原因なのかもしれない。ここ数週間で色々と起こり過ぎだ。魔法使いとの出会い、戦闘、共闘、組織の謎――。色々と解決しなくてはならない問題が山積している。はっきり言って、解決したくないぐらいだ。逃げ出したいぐらいだ。しかしながら、その行動を取ったところで、その行動を取ろうとしたところで、僕はこの日常へと回帰することは出来ないのだと思う。何故なら、既に魔法使いに触れてしまったから。魔法使いという存在に、深く関わってしまったから。クレアのことだから、未だに僕をいかにして一般人として仕立て上げようか考えているのかもしれない。或いは、何も考えていないのかもしれない。僕はそれを有難いと思うか、迷惑だと思うか。それについては、簡単に結論は出せない訳で。
「ここ最近、女子中学生が行方不明になる事件が多発しています。女子生徒はともかく、男子生徒もいつ狙われるか分からないので注意するように」
 そんな感じのアナウンスがホームルームでされて、僕は少しだけ考え事をしていた。それにしても、色々と起こっている。この事件も、魔法使いが関わっていたりしないだろうな。
「やっぱり、カズフミもその事件は魔法使いが関わってると思ってるの?」
 帰り道。最早当然のようになってしまったクレアと二人で帰宅していた僕だったが、クレアからそう声をかけられて直ぐに結論を出せなかった。
「もしかしたら……って思ったぐらいだよ。確信はない。クレアは? そっちも何かしらの情報は掴んでいないのかい」
「分からないの……。私も、色々と、仕入れてるつもりではあるのだけれど。魔法使いは、たくさん居るし、どういう手口でやってくるか分からない。その一つに、カズフミの世界で言うところの殺人鬼めいたやり口があるなら……」
「可能性は否定出来ない、ってことだよな」
 僕は独りごちる。結局、それを否定出来るかどうかなんて、それが出来る人に限られるからな。まあ、それを考えたところで何が生まれるかって話になる訳だし、それについてはあまり考えることもないのだけれど。
「……ん?」
 ちょうど二人でクレアの住んでいる家――一階は喫茶店になっている――に到着したのだが、その前に一人の女性が立っているのが見えた。辺りをキョロキョロと見渡して、何かを探している様子だった。その様子は、正直言って不審者の行動そのものだった。
「なあ、クレア。あんなところに誰か居るけれど、知り合い?」
「え? ……ええと、確かに、誰か居るの」
 クレアにも見当はつかないようだった。だとしたら、ますます答えが見えてこない。暗中模索、といったところであった。はてさて、いったいどうすれば良いのか――と思っていたら、不意に女性がこちらを見てきた。女性の格好は、白だった。銀色にも似たような髪に、白い修道服のような格好をした女性だった。それだけ見れば、一瞬修道女か何かかと思ってしまうのだけれど、しかしながら、もう何人もの『それ』に出会ってしまっている以上、その違和感が何であるかは、最早火を見るより明らかだった。
「あれ……もしかして、お姉ちゃん?」
 そして、その違和感はクレアの発言により押し流されてしまった。クレアは今、何と言った? クレアの発音は悪いなんてものではなく、寧ろ普通の人間のそれに変わりないものだった訳だけれど、しかし、その発言を読み解くとするならば、それから得られる結論はたった一つしかない訳で――。
「おっ。クレアじゃないか! いやあ、良かった良かった。家の場所は把握してたんだけれど、この時間からして、何処に居るかどうかさっぱり見当もつかなかったからね。……で、その子は誰だい? もしかして、ボーイフレンド? 早いねえ、私が魔法を覚えたスピードよっかは早くないけれど。しかして、感慨深いものがあるねえ。魔法都市じゃ、あまり友達を作ろうとしなかったクレアが、こうも簡単に友達を作っちゃうなんて。嬉しいったらありゃしないよ。早く家族の皆に報告したいぐらいさ。……あ、今それどころじゃないんだっけ」
 ――一言で言うならば、とてもお喋りな人だった。見た目はとても清楚な感じだったのに、蓋を開けてみればおてんばギャルみたいな感じだ。あれ、今、ギャルって言葉も死語なのかな?
「……カズフミのことは後で話すの。ところで、どうして、ここに?」
「そうそう。それについて話しておきたいんだよ。それをしないとわざわざ山奥の辺境からやって来た意味がない、ってね。魔法を使っても良かったけれど、私の魔法って使い勝手良くないんだよね。ま、黒津の名字を持つ魔法使いは皆そうだけれどね。……しっかし、この名古屋って場所は、メチャクチャ車が走ってるよね。どこもかしこも排気ガスだらけ。こりゃオゾン層も破壊されるなんてニュースで騒がれる訳だよ。ああ、そういえば名古屋めしとやらを食べたことがないから後で食べてみないと――」
「ストップ、なの」
 クレアが止めないと、延々と話し続けてしまいそうな人だった。口が先に生まれてきたんじゃないか、ってぐらいの感じだ。それは誇張表現かもしれないけれど。
「……取り敢えず、中に入って話をするの。カズフミも、一緒に来てくれる?」
「別に良いけれど……、良いのかい? 姉妹水入らずに僕が首を突っ込んで」
「お姉ちゃんが居る。つまり、それは、魔法使いに関すること。それ以上に理由でも?」
 ないね、まったく。僕はそう言って、クレアの後に続いて喫茶店へと入ることにするのだった。お姉ちゃんとクレアから呼ばれた女性もまた、僕の後に続いて――何処か首を傾げているような気がしたけれど、それについてはあまり気にすることもないだろう――中に入っていった。



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