意外と時間はあっという間に流れていくもので、気がつけば週の半分を過ぎていた。僕も少しはあの事件について覚えていたつもりではいたけれど、しかしながら、実際にいつもの日常に戻ると、そういうことも忘れていってしまうものであった。そして、そんなことを忘れ去ろうとしていた僕に、昼休み、いつものように一緒にクレアとご飯を食べていたら――一応言っておくけれど、いつものようにクレアは結界を張っているので、誰かが勝手に侵入することは有り得ない――唐突にこんなことを言ってきたのだ。
「覚えてるかどうか知らないけれど……、今日、お姉ちゃんがまた会いたいって言ってたの」
 忘れる訳がないだろう。あの、一度口を開ければいつまでも話を続けてしまいそうな人のことを。
「クララさんが……。ってことは、あの事件について何か進展があった、と?」
「そういうことらしいの。でも、何処まで本当なのかは分からなくて……」
「分からない? どういうことだ」
「私も、情報までは把握してないの。お姉ちゃんも、当日話すときのお楽しみにしておいて、なんて言ってたから……」
 そりゃ聞き返せないな。
「で……それについてどうすれば良いんだ? 流石に放課後、話を聞いた後にいきなり何処かにゴーなんて話は無理だと思うけれど」
「流石にそれはお姉ちゃんだって分かってると思うの……。そこまで馬鹿じゃないと思うの」
 馬鹿にはしてねえよ。ただ、やりそうだと思っただけだ。
「それを馬鹿にしてると言うんじゃないの……?」
 そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。いずれにせよ、僕達は保護者が居なければ深夜の外出も出来やしない青少年であるからして、僕達としては、それについて少しは考えないといけない訳だけれど。だって勝手に出歩いて怒られて、外出が出来なくなったら面倒だろう?
「それもそうだけれど……。でも、一番大事なのは、カズフミのことなの。カズフミはただの一般人なんだから、私達みたいな魔法使いじゃないんだから、一緒にすることは出来ないの」
「そりゃ、そんなことは百も承知だけれどさ……。でも、ここまで来たら最後まで首を突っ込むよ」
「カズフミはそれで構わないの?」
「僕は悪くないと思っているぜ。だって、最初に君のことに首を突っ込んだのは、僕だ。僕がやっているんだから、別に君が気にすることじゃない。それについては、前々から言っていたような、言っていなかったような……」
「適当なことは言わない方が身のためなの」
「残念だったな、僕はいつも適当だぜ?」
「そんな胸を張って言われても困るの……」
 ああ、そうか? そんなこと言われても困るのは、確かに分かりきったことではあったのかもしれないけれど、しかしながら、何というか、それで良いのか、というか――。いや、それについては言うのは止めよう。そもそも、魔法使いと人間とじゃ、常識から何から違うのは当たり前のことだ。当たり前のことであると、認識しなければならない。その認識を否定することも出来なければ、肯定することも出来ない。人間とは、とかく生きづらい生き物であった。
「……何だか話を自己完結させてしまってるようだけれど、話はそれじゃ終わらないの。分かってる? 取り敢えず、今日は私と一緒に帰って……そのままお姉ちゃんの話を聞くこと。全然問題ないことだと思うけれど、カズフミは今日、用事はないの?」
「ないと思ったけれどなあ……。うん、基本的に僕は放課後に予定を持たない人間だからね。友達も居ないし。だから別に問題ないよ」
「それ、自分で言ってて悲しくならないの……?」
 悲しくならないのとはどういうことだ。
「でもまあ、取り敢えずカズフミの了解は得られたので良いことにしておくの。私としては、了解が得られないと思ってたから、少しだけ安心してたの。でも、了解を得られなくとも、私としては、無理矢理にでも、カズフミを連れてくつもりだったの」
「無理矢理ってどうやって……?」
 魔法使いが言う『無理矢理』に少しだけ興味が湧いたのだが、まあ、嫌な予感がすると言えばするのもまた事実。しかし、興味が湧いているのも確かだ。だって、魔法使いは人間とは違う、いや、正確に言えば同じ人間ではあるけれど、そういう生き物であるからして、そういう生き物の考え方を知るというのも、なかなか悪いものではないと思う。
「そりゃ、もう。最上さんが作ってくれた、このクスリを使って……」
「ストップ、ストップ! そりゃ、どう考えても法律でアウトな代物だろ! 最上さんも何でそれを渡したんだ」
「だって、カズフミがついてきてくれないかもしれない……って言ったら、最上さんが『良いものがあるよ』と言って渡してくれたの」
「渡してくれたの、じゃねえよ! 普通に考えて、クスリで誘導とか一番やっちゃいけない奴なんだよ! 少しは考えてから行動に移してくれないかな……」
「そうだったの。じゃあ、止めるの」
 今度最上さんに、クレアに冗談を言う時は気を付けるように言っておくべきだな。
「取り敢えず、今日は用事がないという認識で間違いないの?」
「確かに間違いないけれど……。うん、でも、」
「でも?」
「クララさんからどんな言葉が飛び出るか分からないのが不安で仕方がないな……」
 僕はそう呟きながら、水筒に入っている麦茶を一口飲んだ。

   ◇◇◇

 そして、あっという間に放課後になり、僕とクレアはいつものようにクレアの住む家――つまり最上さんが経営するあの喫茶店にやって来たという訳だった。
「よっ、クレアに和史くん。ちゃんと話を聞いてくれたようだな」
「聞いてくれたも何も、クレアが無理矢理連れてこようとしていましたからね……」
 僕は最上さんの方を見る。最上さんはえへへと笑いながらコーヒーカップを拭いていた。同罪ですよ、同罪。
「じゃあ、話を始めようか。……では、何から始めようか? 先ずは前回の事件調査の続報? それとも、クレアを目の敵にする組織が狙いそうな何かの話から? それとも、私がこの間食べた名古屋めしと変わった交通機関に乗った話をする?」
 一番最初でお願いします。
「えー、私としては、最後の話をしたかったんだけれどなあ。具体的には、これから十五ページぐらい。あ、文庫本換算だぞ? 他の話は大した内容ないからどうしようかなあ、なんて思ってたから、どうしようもないんだけれど」
「本題の方が短くてどうするんですか」
「分かった分かった。それじゃ、最初の話題になるけれど……先ずは前回の事件の調査、その続報について。やっぱり調べたけれど、何らかの魔法がかけられたようには見られない。ただ、血痕があるのは気になるね。もしかしたら、血を使った魔法或いは錬金術だったのか……。でも、錬金術って血は使わないはずだったような?」
「錬金術も魔法と同じ仕組みですよー。やることが限定されているだけで」
 最上さんがいきなり話題に入ってきた。ってか、錬金術について詳しいのか。ただの喫茶店のマスターかと思っていたのだけれど、もしかしてそっち側?
「そもそも、魔法使いを匿う人間なんて、変わり者か魔法使いか魔法に関する知識を持ってるかのいずれかなの」
「クレアちゃん、言うねえ」
 最上さんがカウンターに何かを置いた。それを見ると、白い器の中から湯気が出ている。何が入っているんだろう?
「カレーが余っちゃったから、カレーを出したんだけれど、食べられるかな?」
 いや、食べられるとか食べられないとかの問題ではないんですけれど……でも出されたなら、食べるしかないかな。スパイスの美味しそうな香りがしてくるし。
 




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