殺しにリズムなんてものないような気がするけれど、殺人鬼には殺人鬼の事情というものがあるのだろう。だったら、そこについてはツッコミを入れない方が良さそうだ。後で何かと言われなくて済む。
「リズム……ねえ。私達魔法使いでも言えることなのかもしれないわね。魔法使いだって、魔法を使うのも独特のリズムがある。そのリズムが崩されたら、魔法を使えなくなってしまうかもしれない。私はそんなに難しいことはないけれど、例えばクレアはどうなのかな? クレアは比較的『時間』属性の魔法でも使い勝手の良い魔法だと思うけれど」
「私は……別にリズムなんてどうでも良いの。だって、指を弾くという合図だけで魔法を使うことが出来るのだから」
「いや、確かにそれはそうかもしれないけれど……。でもまあ、それは分かるかな。魔法が仰々しいものになればなる程、リズムは崩されたくないというか……」
「やっぱり、そういうのが誰しもあるのか……」
「ほら、あるもんだろ? かーくん。少しは分かってくれたかな?」
 かーくんって何だよ、かーくんって。
「かーくんはかーくんだろ。それ以上でもそれ以下でもない。俺はな、知り合った人間で尚且つ、俺と近しい立ち位置にある存在にニックネームを付けることにしているんだよ。お前以外にももう一人居たかな」
 僕の他にもう一人居るのか。そいつは、とても可哀想な役回りだな。
「……あなたについては、あまり語ることはないと思うわ。けれど、私達としては、あなたとどう関わってくかということについても考えなくちゃいけない。しかし……君をそのまま放っておく訳にもいかないのよ」
「へえ。じゃあ、どうするつもりだい? 俺をこのまま逮捕するか?」
「いいや、止めておくよ。私達はただの魔法使いだからね。逮捕権も何も持ち合わせてない」
「じゃあ、お前達に俺を捕まえることは出来ねえって訳だな。……それはそれで安心したよ。まあ、もし、それが出来るなんて言うなら、今すぐお前達を全員殺してやるところだったんだけれどよ」
 どうやら僕達とこれ以上戦うことはしないようだった――何故なら、踵を返して歩き出したからだ。それもただ歩いているだけじゃない。鼻歌を歌いながら歩き出したのだ。機嫌が良かったのだと思う。しかしながら、僕達にとって、それは有難いことだと思った。
「……何とかなったの。このまま戦闘になったら、それはそれで面倒だったの」
 クレアが溜息を吐いて、そう言った。クレアとクララは、寧ろその戦闘を焚きつけていたような気がするけれど、やっぱり戦闘はしたくなかったのだろうか?
「そんなもの、したくないに決まってるでしょう。何でもかんでも戦闘ばかりしてたら、魔力が幾らあっても足りない。避けられる戦闘があるなら、避ける。それが賢い戦い方というもの」
「賢い戦い方……ね。でも、何だか悪くない」
「悪くない、って……。そりゃ、あなたはただの一般人だから。魔法使い同士の戦いには、巻き込めないのは、重々承知してるのだけれど。ただまあ、お姉ちゃんの戦い方には賛同するの。私の魔法はどちらかというと補助魔法に近いものだから……」
「近い、じゃなくて補助魔法なのよ。特に、私達黒津家の魔法使いは」
「そういえば……クララさんの魔法って、どんな魔法なんですか?」
「――話してなかったっけ?」
 いいえ、全然聞いていませんが。
「私の魔法は……簡単な魔法だよ。時間の魔法には、どのようなものが考えられると思う、和史くん。例えば、クレアの魔法は、スローモーションの魔法になる訳だけれど」
「一番使い勝手が良いのは、タイムスリップの魔法じゃないですか?」
「着眼点は良いね。でも、そうじゃない。……簡単に言うなら、」
 パチン、と指を弾く。それだけだったのだが――空気が完全に停止した。
「……もしかして」
「簡単に言えば、これは『時間停止』と言えるのではないかな?」
 時間停止。文字通り、時間が止まること。普通なら有り得ないことだったのに、魔法ではいとも簡単に行えてしまう。それははっきり言って驚きの出来事ではあるのだけれど――それ以上に、いざ自分達以外の時間が停止している状態に放り込まれると、こんな風な不思議な感覚に陥ってしまうのかと思ってしまう。
「ただ……これには欠点があってね」
「欠点?」
 パチン、と再び指を弾く。そうすると、漸く自分達以外の時間の流れが正常に動き出した。
「……お姉ちゃんの魔法は、魔力をたくさん使うの。私は、あくまでも時間の流れをゆっくりにするだけだから、それ程負担はないのだけれど……。完全に零にしてしまう、というのは、やっぱり大量に負担がかかるの。それも、他でもない魔法使いそのものに」
「そういうこと。数分ぐらいだったら、何とかなるけれど、それ以上となると、一日に複数回は実行出来ないね」
「そんなものなのか……。そういえば、聞いたことがないけれど、魔力ってどういう扱いなんだ? 魔法使いにとっては重要な要素であることは、十二分に理解出来るのだけれど……」
「魔力は、簡単に言えば、精神力と言えば良いかな。精神力は鍛えれば鍛える程、強くなってはいくけれど、しかしながら、魔法使いの魔力というのは、それ程たくさん増えることはない。要するに、魔力のタンクは、人それぞれ決まってるし、それを多くすることも、いかなる修行をしたところで、クリア出来そうにないって訳。言ってしまえば、タンクが大きければ大きい程、その魔法使いは優秀な魔法使いであると言えるだろうね」
「魔法使いの優秀さは、生まれながらにして決まるってことか?」
「別に、魔法使いに限った話でもないだろう? 普通の人間だって、生まれながらの天才は居るだろうよ。あとはあれだ。魔法使いってのは、特に優秀であればある程、生活しづらい人間が多い。確か科学的には……サヴァン症候群? に近いものだったはず。まあ、良くあることだと思うよ。天才って、何もかもパーフェクトな訳じゃないしね。必ずしも欠点というか、弱点というか、そういうところがあるはず。無論、私にだってあるし、クレアにだってあるし、君にだってあるはずだよ? それについては、否定させない」
 別に否定するつもりは全くないのだけれど。
「魔法使いは何処か欠けた人間だらけって言いたいのか?」
「全員が全員そうではないと思うのだけれどね。しかし、少なくとも私はそうだよ、というだけだ」
「……私も完璧とは言えないの。やっぱり、というか、何処か変わったところがあるのは間違いないの。それが人の性なの」
「性なのかどうかは、分からないけれど……。いや、それについては今更語るべきでもないか。分かった、分かったよ。取り敢えず小難しい話はこれまでにしよう。クララさん、今回の事件現場を見て、何か分かったことはありますか?」
「分かったことはあるけれど……直ぐにはまとめられないよ。やはり、簡単に物事をまとめることは難しいね。それについては、少し時間を空けて話をしないか? 流石に明日は無理だから……そうだな、いつが良い? 平日放課後ならいつでも良いって訳じゃないだろう?」
「僕は別にいつでも良いですよ……。クレアにいつ会いに行くかとか言ってくれれば」
「じゃあ、そうしておく。クレア、きちんと和史くんに伝えておくんだぞ?」
「どんとこいなの」
 胸を張って答えているけれど、そこでその言葉を使うのはこの時代ではあまり聞いたことがないなあ、と僕は思いながら、少し笑みを浮かべつつ頷くのだった。一先ず、事件現場巡りはこれで終わりになれば良い――そう思いながら。







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