本山駅は、東山線と名城線が交差する駅だ。東山線は藤が丘駅から乗り込めば、最初の乗換駅であるし、駅の上にも色々な施設があり便利な場所である。――と言うと、そもそも名古屋市そのものが便利な場所じゃないか、なんて言われかねないが、実際の所は、意外と辺境の地も多かったりする訳なんだよな。そして、この本山駅にやって来た理由はたった一つしかない。僕はこないだの話し合いのことを思い出す――。
「本山駅と、神宮西駅……ですか」
「そう。その二つの駅がターゲットになる可能性が非常に高い。可能性はどちらが高いとも言い切れない。ただ、魔法だろうが錬金術だろうがそれを行使しようとしてるならば……その二つの駅のいずれかに確実に姿を見せることになるだろうね。しかし、相手はかなりやり手だと思う。どちらに、どのタイミングにやって来るか。そこが一番の問題、って訳」
「それじゃ、どっちに行くか分からないってことですよね?」
「ああ、分からない。分からないとも。だがね、ここで諦める訳にはいかないのも、自然、当たり前のことだろう? だとしたら、考えられる方法は一つしかない。……そう考えることも出来なくはないかな?」
「二つ目的地があるなら……二つの場所にそれぞれ張り込みすれば良いだけの話、ですか?」
「ご明察」
「でも、それで仮に相手が一人の魔法使いで何とかならないレベルだったら?」
「その時は、味方を呼ぶしかないだろうなあ。なに、難しい話じゃない。クレア、あなたに渡した笛があったでしょう? それで私に報せれば良いだけの話」
「……あの笛って、距離に関係ないんですか?」
「流石に海を越えると難しくなるだろうけれど、そうでなければ何の問題もない。たとえ、何キロと離れていようとその音色を聞き取ることが出来る」
 音速って、時速千二百キロぐらいだったような気がするけれど、何キロか離れていたら、数秒ぐらいの誤差はあるんじゃないだろうか。
「仮にちょっとした誤差があったとしても、私は駆けつけることが出来る。……ただし、全知全能ではないから、一瞬で行くことは出来ない。瞬間移動の魔法も持ち合わせてないしね」
「瞬間移動の魔法さえあればどうとでもなる、みたいな物言いですね……」
「だってそうだろう? 瞬間移動、実に素晴らしい魔法じゃないか。その魔法さえあれば、いつでも何処でもひとっ飛び、ってね。私達みたいな、時間に関連する魔法を使えるような存在であったとしても、瞬間移動の魔法は素晴らしいの一言に尽きる。……それ故に、とんでもない時間とお金が費やされて研究された分野でもあったがね」
 瞬間移動は、はっきり言って夢があることだと思う。それが実現出来て、尚且つ誰でも出来るようになってしまったのなら、今の公共交通機関と自動車業界は大打撃を受けることになるだろう。いや、もしかしたら大打撃などでは済まないかもしれない。あくまで旅行でゆっくりと移動したいという人向けに特化して公共交通機関は持続するかもしれないが、完全に自分の運転で移動することになる自家用車は一気に収束する可能性すらある。それぐらい、技術的革新が起こりうる代物だ。
「瞬間移動について語る必要はないの……。じゃあ、問題として考えられてるのは、どっちに誰が行くべきか、ということじゃないの?」
「それもそうだ」
 別にクレアが言わずとも、僕はそれを考えていた。どちらの駅に、誰を配置するべきか。本山駅にやってこようが、神宮西駅にやってこようが、答えは変わらないのである。どちらを選ぶべきか、という話だけれど、二人とも名古屋には詳しくないんだし、どちらを配置しても変わらないんじゃないか?
「……時に、クレア。あなた、他の魔法使いとの交流は?」
「え……? 一応、一人居るけれど、それがどうかしたの?」
「ならば良し。彼女にも……彼にも? 協力を仰いでください。それで何とかしましょう。私は一人でも充分ですけれど……」
「お姉ちゃんは、私が一人で行くと不満だと言ってるの?」
「不満だとは言ってません。私はあなたのことが心配なだけ……ただそれだけなのですから」
「それを不満って言うんじゃないのか?」
「あなたは黙ってて。……取り敢えず、私は単独で動きます。クレアは急ぎその魔法使いと連絡を取って、協力を仰ぐこと。良いね?」
 ――といった話し合いがあって、今に至る、という訳。
「……で、私達はどうすれば良いのかのう?」
 僕の隣に立っているエレナがスポーツドリンクを飲んだ後にそう言った。しかし、まさかこんなにも早くエレナに会えるとは思いもしなかった。そして、エレナの隣には既に彼女が作成しておいた人形が一体。一応言っておくとエレナの魔法ってこういう人形を作る魔法だったからな。戦力を確保しておくには一番ぴったりな魔法なのかもしれない。……それって魔法使いよりは、死霊使いに近いような気がするのだけれど。
「取り敢えず、ここで待機することになるけれど……何でも大量の人間が居る時間は狙わないだろうという判断から、朝からここで待ち構えていることになるのだけれど」
 そう。今僕達は朝早く――とどのつまりラッシュアワーと言われる時間帯から――本山駅のコンコースに居るのだ。生憎そこにはベンチがあるから座りっぱなしで居る訳なのだけれど、しかしながら、全く駅を利用していないのにベンチだけ利用するのは何か申し訳ないような気がする。一応、罪の意識はあるので定期的にジュースを購入しているのだけれど。
「しかし、意外と見つからないものじゃのう。それに人も大量に歩いとる。土日じゃからか? じゃからこんなに人が居るのか? じゃとしても、もう少し分散しても良いような気がするのじゃが」
「分散出来たら苦労しないでしょうよ……。そもそも、魔法使いが何処にどのようにやって来るのかも全く把握出来ていないってのに」
「把握出来てたら、良いの?」
「そりゃ、敵のことが把握出来ていたら、苦労しないだろうな。色々と遣りようがあるだろうし。でも、それがどうかしたか?」
「……ううん、何でもないの。やっぱり私もそれが一番良いと思ってるのだけれど……」
「そりゃ、そんなことが出来るはずがないとは誰もが分かってることじゃよ。……出来れば苦労はしないがね」
「クレアとエレナはどうだ? 魔法使いの気配を感じるか?」
 気配、というよりかは『匂い』になるのだろうか。確か、それで狙われたことがあったから間違いないと思うのだけれど。
「魔法使いの気配……というか匂いはとても独特なの。分からない人には分からないけれど、魔法使いはその匂いを読み取ることを常としてるから……それが分かるのは当然の責務なの」
「責務って」
「まあ、言い方は間違ってないとは思うがのう。……勿論、それは努力によって実現したことじゃよ。類い希なる才能で手に入れることが出来る訳じゃない。それが出来るのは、魔法使いの中でも基礎中の基礎でもあるのじゃがな。しかし、それを学ぶことが出来るのは、魔法使いである『師』か、親のどちらか。魔法使いは血が重要じゃからな。突然魔法使いが一般人の間に生まれた子供から出現することはほぼ有り得ないからのう」
「有り得ないって言われてもなあ……。しかし、魔法使いでも分からないんじゃ、どうすりゃ良いんだ……」
「まあ、それについては仕方ないところもあるの。専門家だからって何でもクリア出来ると思わないの」
 




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