「確かに、そこは一理あるけれど……」
 一理あるどころか百理あるかもしれない。
「……そもそもの前提からして、ここに魔法使いが現れなければ、全くの釣果ゼロってことになりかねないんだけれど、それについて何か意見は?」
「あるといえばあるし、ないといえばない。……要するに、どうとでもなれということじゃの」
 どうとでもなるということが、一番の文句だったかもしれないけれど。
 閑話休題。
「とにかく、結論から先に導き出すことは止めようじゃないか。物事がつまらなくなる」
 そう言ったのはエレナだった。
「とどのつまり、どういうことだって?」
「どういうことも、こういうことも、そういうことじゃよ」
 つまり?
「分かり合おうとして話をまとめたところで、人というのは分かり合おうとして出来てない、ということじゃのう」
 深いようで、深くない。
「……それがいったい、何を意味してるというの?」
 クレアは言った。僕だって言いたかった。
「謎かけじゃよ」
 エレナは一言だけ告げると――立ち上がった。
「欺瞞を嘲笑うか、偽証を提示するか、物事を判別するか。そのどれもが正しいかなんて、それは誰にも言い出せない。それは、誰かが決めた基準によるものじゃからのう。ということは、それが間違ってようが何が、自分の気に入らないことじゃったら、消し去ることも容易に出来る、ということなのじゃないかな、と思うのじゃよ」
「……独り善がりは良くない、って言いたいんですか?」
「六十点。赤点ギリギリじゃよ」
 赤点って、三十点じゃないっけ?
「赤点は、学校によって違う気がするの。でも、中学校は赤点はないような気がするの」
「義務教育だからね……。高校以上になると、単位が必要になるから、どうしてもそこで合格不合格を判断しないといけなくなるんだろうよ。それで、一番の指標となるのが……赤点って訳。噂によれば、青点なんてものもあるらしいぜ。それは確か赤点の半分だったような?」
「じゃあ、私が言うところの青点は三十点じゃな?」
 そういう問題ではないと思うのだが。
「……しっ」
 不意に、そこでクレアが人差し指を立てた。所謂、そのポーズは静かにするように相手に命じることでもあって――。
「何か?」
「……誰か、来る」
 続いて、エレナが告げた。
 こつ、こつ、こつ、と。
 静かになってしまったコンコースに、足音が響き渡る。今まで沢山の人が歩いていたような気がするのに、何故か今は誰も出歩いていない。……何故だ? どうしてこんな風になってしまったんだ?
「……誰かって誰だ?」
「分からない。けれど、これだけは分かるの。やって来るのは……」
 異常なる存在。
 普通の存在であれば、このような異質な空間には絶対に現れることのない存在。
 では、その存在はいったい何だというのだろうか。
「……………………………………………………………………誰だ」
 ぬるり、と。
 次に聞いた音は、そんな感じの音だった。
 具体的に言えば、床に水分が混じった何かが蠢いているようなそんな感覚。
「……ほんとうに今からやって来るのは、魔法使いなのか?」
「間違いないの。匂いが、魔法使いそのものなの」
「ほんとうに?」
 ほんとうに、魔法使いがやって来るのか? さっぱり理解出来ない。さっぱり考えられない。とはいえ、それを考えるところで何か変わるかと言われたら、それは判別出来ない。少なくとも、今起きている状況は十中八九異常であり、非日常である。日常でこんな場面があるのなら、僕の精神はさっさと壊れてしまっているだろうな。そして、もし精神が壊れないのであれば、それは普通の人間ではなく、僕自身が魔法使いでも何でもなくて、違うジャンルで別な存在へと昇華していった、それに過ぎないのだと思う。
 ぬるり、ぬるり、ぬるぬるぬるぬるぬるぬる……!
 何かが、近づいてくる。
「やばいだろ、どう考えたって、やばいだろ、これ……。ほんとうに、僕達だけで何とかなるのかよ?」
「少なくとも、一般人であるおぬしには何も出来ないじゃろうなあ」
 冷静に判断しないでくれ。
「クレア、良いか? どうやら敵は、目標物を見失ってるようじゃのう。それがどういう原因によるものかは分からぬが……しかして、それが被害者を生まないというのであれば、結果的には問題ないじゃろうなあ。……魔女の笛の準備は出来たか?」
「ギリギリまで引きつけるの。そこまでやって、漸くお姉ちゃんの力を借りるの」
 つまり、僕達は囮ってことか?
「囮じゃないの。動く囮なの」
 同じじゃねえか。
「同じかどうかは分からないの。……来るの」
 やって来る。やって来る。やって来る。
 深きから、人間ならざる『何か』が。

   ◇◇◇

 コンコースは、遠くまで見通すことが出来る。それは、視界を遮る障害物が何一つとして存在しないからだ。そして、本山駅のコンコースもそういう状態になっている訳で、僕達もそれを利用して不審者が訪れないか見張っていた訳だ。そして、ここは名古屋市の中心地――よりかは少し離れているとはいえ、一応名古屋市である。人の往来はいつの時間だってあるはずだし、ラッシュアワーから少し後とは言え、人が一気に居なくなることはないはず、だった。
 しかし、今、コンコースに人の姿はない。全くと言って良い程、だ。普通なら少しの人気はあってもおかしくないはずなのに、今は静かになってしまっている。静かになっていることは標準で、逆にここに居る僕達が間違っているかのように。
 コンコースの中心に居たのは、人間のような何かだった。敢えてそこを暈かしているのには、理由があった。その人間のような何かは、遠目から見れば人間の形そのものであったが、その身体が少し溶けているような――そんな感じに見えたからだ。
「……あれはいったい、何だ?」
「分からないの。……エレナが作る人形に近いものを感じるの」
「確かに私の作る土人形に近い何かを感じるのう。……じゃが、あれはほんとうにそれだけで収まる代物じゃろうか?」
「それはいったいどういう意味だ?」
「考えてもみれば分かる話じゃよ。もし私の作る土人形と同じメカニズムであるならば、どうしてあれから魔法使いの匂いを感じることが出来るのじゃ? ともなれば、やはりあそこに居るのは魔法使いだと言えるじゃろうよ。尤も、魔法使いが何処かに隠れてる可能性も捨てきれぬが……」
「魔法使いが隠れている可能性はどれぐらいだ?」
「……分からないの。完璧に隠れることが出来る魔法を使える魔法使いだとしたら……居る可能性はゼロとは言い切れないの。でも、逆に言ってしまえば、魔法以外で完全に気配を消して隠れることは不可能なの。例えば、私が持ってるようなナイフみたく、魔力が込められた道具を使って姿を隠すことは可能かもしれないけれど、それはあくまで魔法じゃないから、完璧に気配を消せたとは言い切れないの」
「つまり、戦力の把握が不可能って訳か……」
 問題は山積している。しかしながら、それをそのまま放っておく訳にもいかない。どうにかして、あの人間のような何かを排除せねばならない。あれは、どう見ても科学では解明することの出来ない何か。どちらかと言えば、魔法寄りの価値観であるのだから。
 呻き声を上げながら、その何かはこちらにゆっくりと近づいてくる。……しかし、ここで一つ疑問が生じていた。
「もし、あれが連続女子中学生行方不明事件に関わっている『被疑者』だとして」
「うん?」
「何で今あれは、誰も居ない場所に姿を見せたんだ? 寧ろ、あれにとってはメリットがないように見えるが……」
「分からぬのか、和史よ」
「じゃあ、エレナには分かる、と?」
「簡単じゃよ。あれが姿を見せた理由、それは……口封じじゃろうて」
 




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