「……おや、新顔ですね。感じからして……あなたの姉ですか?」
「お姉ちゃんは、お姉ちゃんなの。それ以上でもそれ以下でもない。完璧な生き物なの」
 いや、生き物であることは間違いないけれどさ……。しかし、自分の姉をただ『生き物』とだけ言えるのも、それはそれで面白いところではあるのだけれど。
「……くくく。それにしても、まさかこんなに魔法使いが揃ってるなんて思いもしませんでしたよ。やはり、ボスが目を付けてただけのことはありますね?」
「あなた達は、いったい何を目的にこんなことを……? あなた達の狙いは、父さんの研究ではなくて?」
「いやあ、それもそうなんですけれど。しかしながら、そう簡単に説明出来ないこともありますよね。それについては、否定することも出来なければ、肯定することも出来ない。未だどっちつかずな状態ではあるのですけれど」
 何を言っているのだろう、この男は――?
「いやさ、一つの例え話ですよ。実際問題、正しいか正しくないかなんて、簡単に決めつけることは出来ないでしょう? それが、神であれば物事の判別も出来るし、人々が信じることもあるでしょうが。しかしながら、我々は魔法使いである以前にただの人間だ。新興宗教の教祖みたいにリーダーシップやカリスマ性がある訳でもない。そういう人間が、嘘を嘘だと信じ込ませるのは、そう簡単なことではないんですよ……それぐらい理解してますよね?」
「つまり自分の話していることは、嘘であるという自覚があると?」
「そんなことは言ってませんよ。それに、自分の支持してることが嘘だと思えるぐらい……私も馬鹿ではありません」
 それは馬鹿と言えるのか、正直と言えるのか――正直分からなかった。
「話を戻すとして……私としてはそれは正しいことだと言える訳ですよ。それが多かれ少なかれ人々に信用されることであるとして……。しかしながら、今の状態ではあまり信用されてないし、信用される道筋も立ってない。それって大きな問題である訳ですよ。私達『組織』の一員からしても、それは有り得ないしおかしい話だという訳。それをどうにかこうにか解消しなくてはならなくて……」
「そのために『奇跡』を望んだ、と?」
 言ったのは、クララだった。
 奇跡とはいったいどういうことなのだろうか?
「ええ、ええ。あなたなら分かってくれると思ってましたよ。……その通り、我々が行おうとしてるのは、アレイスター・クロウリーがかつて行った『奇跡』の再現です。奇跡というのは、先程も言った通り、人間とは異なる次元で生まれた高度知性体『エイワス』の降臨。……この場合は再臨と言った方が良いですかね? いずれにせよ、人間というのは、自分では到底行うことの出来ない状況を目の当たりにすることで、それを信じ込み、それが出来る存在を自分より上位の存在だと思い込むようなのですよ。いやはや、人間というのは単純な生き物ですね」
「そんな人間という生き物に、あなたもカテゴライズされてると思うのだけれど?」
「カテゴライズ……そうですね、そうですね。確かに、そうなってると言えば、その通りなのかもしれません。しかし、しかしながら。私は、魔法使いこそが選ばれた存在であると言いたいのですよ。何に? 答えは簡単。……神に、ですよ」
 神に、選ばれた存在? 何だか、きな臭くなってきたような感じがする。
 でもまあ、そう考えるのも当然かもしれない。何せ魔法使いは、僕達一般人とは違い、『魔術』という特別な術を行使することが出来る。それについて別段語ることもないだろうし、補足することもないだろうけれど、しかしながら、それだけで自分を特別な存在だと思い込むには、少々数が多過ぎるような気がしないでもない。
「魔法使いは、たくさん居るの。それでもあなたは、自分が……魔法使いが特別な存在だと思ってるの?」
 クレアの問いは的確で、かつ簡潔だった。
「……魔法使いは特別な存在ですよ。それ以上でもそれ以下でもない。それはあなただって気づいてるのではありませんか? でも今は、どうでしょうか。魔法使いは、人間にこき使われるばかり。ひどい話だと、魔法使いは人間が開発した科学技術の結晶たる現代兵器よりも強力かつ安全という理由で、実戦投入される可能性だってある訳です。そうなったら、どうなるでしょう? 最早、魔法使いは人並みに暮らすことが出来ない。そんなことがあって良いのでしょうか!」
「良いか悪いかが問題じゃないとは思うがのう……。しかして、私達はこの世界に暮らしてる。この国で暮らしてる。それを鑑みるに、この国の法律に従うのが自然の摂理じゃないのかね?」
「……っ。あなた達は分かってない。あなた達は、何も分かってない! だから、我々の手で浄化しなければならない。それが、当たり前のことなのですから……」
「だから、言ったでしょうが」
 クララはさらに話を続けようとする。
「あんた達組織のやり方は間違ってる。魔法使いと人間は、共に寄り添うべき存在なのよ。そしてその存在同士が上手くこの世界を作り上げてるの。そのバランスは非常に微妙で……それが崩壊してしまうことだって、容易に有り得ることなのよ。そして、それが出来てしまったら……その先に未来はない。あんた達が言うような、魔法使いと人間の争いになってしまうでしょうね」
「でも、魔法使いは人間の開発した兵器よりも強力な魔法を行使出来るから……」
「うん。もし、魔法使いと人間が戦争を押っ始めたら、あっという間に決着は着く。九十九パーセント、魔法使いが勝利するでしょうね」
「……でしたら! 我々のやり方にも賛同してくれるでしょう! この世界は狂ってる! 魔法使いを異物扱いし、普通の人間こそが至高という考えで生きてる! それがどれだけ滑稽で、それがどれだけ詭弁であるかを!」
 男は、両手と顔を上げて、まるで物乞いをするかのようなポーズを取って、そう言った。
「――ええ、確かに滑稽かもしれないわね」
 クララはそう言って、
「でも、」
 銃口を向けて、
「それは大いに間違ってるよ、異端者」
 そのまま引き金を引いた。
 男の頭が吹っ飛んで、半分消失した。そしてその頭を失った身体はふらふらとしながら、やがて動けなくなって、そのまま倒れていった。男は笑ったまま撃たれたので、引きつってはいたけれど、笑みを浮かべたまま死んでいた。
「幾らそう思ってても……やって良いことと悪いことがある訳よ。そして、今のそれがそう」
「だから殺したのか?」
「ええ。だって、あれ以上情報を得られるとは思えないから。……それとも、君なら別の情報を引き出せた?」
「それは……」
 言えない。
「分からないだろ? 私達『専門家』だって、あの程度の情報しか得られなかったんだ。ただの人間があれ以上の情報を得られるなんて、到底思えない。まあ、そのレッテルを貼るのも間違ってると言えばそれまでなのだけれど」
 クララは素早く銃をポケットに仕舞い込み、
「さて……大方術者が死亡したことでこの結界も消失するだろうよ。そうなったら、この死体だけが残る。あとの痕跡はまるっきり消失、って訳。しかしながら、このまま私達がここに居ると、第一発見者として疑われかねない。だったら、どうするか。……魔法でどうにかするしかないよね?」
 パチン、と指を弾く。
 すると世界は――完全に停止した。
「停止時間は五分。これだけあれば、急いで逃げることも出来るだろうよ。さあ、取り敢えずあの喫茶店に戻って報告会と行こうじゃないか。色々と話したいこともあるしね」
 そう言って。
 クララは踵を返し、ゆっくりと出口に向かって歩き出した。
 僕達もそれに従い――ただ歩くことしか出来なかった。



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