「次の世界……?」
「次の世界とは具体的に告げることの出来ない状況ではありますけれど……しかしながら、我々は世界がどうあるべきかどうかを考えてる。そして、我々……それは組織のことだけではなく、魔法使いという広い領域において、生きていくこと。人間とは違う存在である我々が、いかにして人間とは違う生き方をするべきか、ということについて定義し直さなくてはならない。そうあるべきなのですよ、我々魔法使いという生き物は」
「ただの人間ではなく……その上に立つ存在であると言いたい訳か。全く、自己中心的な考えを持っとるのう」
「自己中心かどうかは、これからの世界を見て決めた方が良いと思いますよ? 何せ、世界は日々進化してくのですからね。今日ヒーローだった存在が、明日には悪者になってることだって十二分に有り得る。だから、世界はいつだって反転する可能性を秘めてるのですよ」
「それがお前達にそっくりそのまま適用される可能性も、考慮出来ないのか?」
「ただの人間に、物事を理解出来る訳がないでしょうよ。これは、魔法使いである我々だからこそ出来ること。魔法使いではない存在が、魔法使いを語ろうなんて百年……いや、それ以上に早過ぎる。もっと時代と歴史を学んでから話して欲しいものですね」
「それは私だって言いたいことなの……。でも、幾ら高尚な目的があったとしても、悪いことをするのはイケナイことなの」
「悪いこと? それは、人間が勝手に決めた規則に従って動いてるからではありませんか? いけません、いけませんよぉ、誰だか知らないがあなたも魔法使いでしょう。魔法使いなら知ってるはず。いかにして人間に使われてきたか、ということを!」
「人間は人間で、悪い奴も確かに居るかもしれないけれど……でも、良い人間だって居るの」
「まあ、付き合ってれば、分かることでもあるのう」
 話し合いが長くなることを望んでいる訳ではない、と思う。いずれにせよ、今そのことを話して何かが解決するとも限らないし。それよりも気になるのは――。
「のう、その魔法使いよ。一つ、気になることがあるのじゃが」
「何だ?」
「おぬし達の組織……『魔女狩りの教皇』は、いったい何が望みじゃ? 以前言ってた、『方舟』を作ることか? それとも、『アレイスターの遺産』を見つけることか?」
「どっちでもあり、どっちでもない……そう言っておくことにしましょうか」
 分かりにくい言い回しだな。
「いずれにせよ、我々は魔法使いという概念を変えるためにこの場所に立ってるのですよ。今やってることもまた、我々の地位を高めるために……我々の地位を唯一無二にするためにあるのですから」
「それが、正しいかどうかなんて誰が決めるんだ?」
 僕の問いに、男は鼻で笑った。
「正しいかどうかを判別するのは、間違いなく他の誰でもない……自分自身ではありませんか? そして、それを正しいと世間様に見せつけてやるのですよ。我々の価値観が、如何にして素晴らしいものであるかということを! 分からないのなら、分からせてやれば良い。そして、見せつけるのです! 人間という種族の中で、魔法使いという職業は素晴らしい存在であり、一歩や二歩じゃ足りないぐらい前に進んでる存在だということを!」
 耳が痛かった。それは、実際に声の大きさが大き過ぎたとか、そういう当たり前のニュアンスで言ったことではなくて――ただ単純に、言っていることの荒唐無稽さに乾いた笑い声が出そうな感じだった。それで魔法使いがどういう存在かを全世界の人類に見せつけようとしている? 笑わせるな、と言いたい。それで人間が魔法使いという存在を認めることがあっても、その先にあることは、魔法使いという存在そのものへの振る舞い方の変化だ。
 今までは、人間と魔法使いというのは、二人三脚で、それぞれがそれぞれの足りないところを補い合って、協力していきましょう、みたいな立ち位置だった。
 それが、人間が魔法使いを新たな脅威と捉え、魔法使いそのものを殲滅しかねないだろう。……今まで人間はそうやって生きてきた。いつだって平和な時代は存在しなかった。それが大きい戦争という存在であれ、小さいテロという存在であれ――テロや戦争をその大きさで判断するのもどうかと思うけれど――いつだって人間は争ってきた。争って、勝者が敗者を見下す。見下すだけじゃなく、勝者の良いように使っていってしまう。そうやって、人間という存在は、世界最大の生物として繁栄してきた訳だし、きっと今後もそうやって生きていくことだろう。
 そして、このまま行けば、その構図が人間と魔法使いにも適用されるようになってしまう。
 そして、それは『魔女狩りの教皇』の目的の一つであり――そうあることを望むのだろう。
「……人間と魔法使いの対立、それがお前達『組織』の目的か?」
 僕の問いに、男は頷く。一度だけじゃなく、何度も、何度も。それを細かく噛み締めて、理解を深めているかのように。
「そうです、そうです、そうですよ。我々の究極的な未来は……次の大きな戦争を引き起こすこと。それに他ならない。そしてそのために我々は、稀代の大魔術師アレイスター・クロウリーが遺した高次知性体……エイワスを求めてるのですよ」
「……エイワスは存在する、と言いたいのじゃな? しかし、エイワスはあくまでもアレイスターの空想の産物であったはず。そのような存在は、学会でも否定され続けてきた。それを、組織は存在すると?」
「存在しない訳がないでしょう。我々魔法使いが古来より存在してるのですよ? 魔術師が魔術の発展だけではなく、その中で、天才とも言える魔術師が、我々の世界とは違う世界に住む知性体とコンタクトを取ったって、何もおかしな話ではない」
「しかし、現に有り得ないという見解がまとまってたような気がするが?」
「それは……あくまで科学文明を司る人間の見解だったはずだ。魔法使いの見解は異なる。ああ、一応言っとくが、『学会』の話ではない。我々が独自に調べ上げて……そう判断したのだ。『法の書』は正しく別次元の知性体エイワスの存在を証明する代物である、と」
「エイワスは存在する……というのか?」
 何だか、魔術――魔法とは何が違うんだろうか――の小難しい話になってきたような感じで、この中で唯一の一般人たる僕は全くもってついていけないのだけれど。
「エイワスは存在しますよ。まあ、確たる証拠がその『法の書』の記述だけに留まってますから、我々の中でも意見は分かれますけれど。というか、エイワスについては長々と語る必要はないでしょう。……今はもう、あなた達と話をする必要もありませんから」
 とか言いながらも、案外長々と話をしているんだよな。四千文字ぐらい話に費やしたんじゃないか?
「エイワスが存在するかどうかは別として……あなたは、父さんの居場所を知ってるの?」
 クレアがしびれを切らして、そう言った。そう言うのも致し方ないことだと思う。だって、今まで男が話していたのは、ずっとアレイスターの遺産が殆どを占めている。彼が何故このようなことをしたのかについてはさっぱり分かっていない。それに、父親を探しているクレアからしてみれば、同じく父親を探している組織から何らかの情報を掴みたい、というところだろう。
「……それを教えるとでも思ってるのかい? 普通に考えて、君達は敵だ。我々と同じ魔法使いでありながら、だ。だのに、君達は人間とともに戦おうとする。それが一番滑稽で……それが一番醜くて。きっとボスもそんなことを思ってるのだろうね。我々魔法使いこそ高い地位を持つべきと考えてるからこそ、君達のような一般人を守ろうとする魔法使いが……邪魔で仕方がない、という訳だ」
「その話、私も混ぜてくれないかな?」
 その刹那、銃声が鳴り響き――男の帽子を貫通した。しかし、その部分は空洞になっていたためか、全く男はダメージを受けていない。男はそのまま振り返り、相手と向き直る。僕達も、誰が銃を撃ったのか気になって――そちらを見た。
「……お姉ちゃん!」
 そこに立っていたのは――クララだった。




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