しかし、それだと――。
「そう、あなたが危惧してるように、魔法使いの血は薄まってくばかり。であるならば、魔法使い同士を交配させれば良い話なのかもしれませんけど……、しかしながら、それをしないのは一般的です。魔法使いって、縄張り意識が強いんですよね」
「じゃあ、どうすれば? まさかこのまま衰退していくのを待つばかりなんて言わないですよね……」
「未来に悲観しているばかりでは、何も始まらない……そう言いたいんですよね、私は」
 未来に悲観する。確かに、そう言いたい気持ちは分かる。実際僕も、今聞いている限りではそうイメージすることしか出来ない訳だから。しかし、現役(現役もクソもあるか、ということについてはこの際省かせてもらうことにして)魔法使いの黒津クララからしてみれば、もっと違う考え方もあるらしかった。
「普通は、魔法使いと一般人が結婚するんですよ。そうして、血を繋いでく。しかし、それを嫌う魔法使いは、普通に結婚をさせないんです。……何をすると思います?」
「……何となく、嫌な予感がしてきたが」
「その嫌な予感、まさにその通りだと言えますね。魔法使いと結婚するのが一般人、しかし血筋によって魔法使いとしての力が弱くなってしまう……なら、相手も魔法使いにしてしまえば良い。ただ、それだけの話」
「どういう……」
「以前、特異性魔法使いのことを話したのは覚えてますよね?」
「……確か、その特徴として変革者になる魔法使いばかりだ、と言っていたアレのことだよな? でも、それが一体何の意味を?」
「変革者というのは、誰だって作り出したいものなんですよ。……かつて、禁じられた研究があります。それは、『人工的に特異性魔法使いを作り出す』ことでした」
「人工的に……特異性魔法使いを?」
「突発的に出現する、特異性魔法使いをどうやって生み出すことが出来るのか? 普通は、そう思いますよね。その通りで、たとえどのように仕組みを入れ替えても、そんなことが出来る訳はないんです。この世界における、遺伝子組み換え技術だって、百パーセント完璧に出来ている訳ではないでしょうし、実際問題も起きてるでしょう? ……しかしながら、彼らはそれを利用したんですよ。遺伝子を組み換えて、人工的に魔法使いを作り出すやり方を」
「それは……人道的に不味いことだろう……?」
 流石の僕も、困惑してきた。
「ええ。普通なら……普通の人間の常識なら、そう考えるのは当然でしょう。しかし、私達は魔法使い。普通の人間とは違って、魔法を使うことが出来て……それでいて、普通の人間よりも圧倒的に数が少ない、いわば絶滅危惧種。そんな私達にとって……手段を選ぶ時間なんて、なかったんでしょう」
 クララは、懺悔するように――許して欲しいように、そう細々と告げていった。しかしながら、彼女の口から紡がれるその事実は――紛れもない真実なのだろう。こんな状況で嘘を吐くとは到底思えないし、もし嘘を吐いているとしても、それは魔法使いには何のメリットもない。寧ろデメリットすらあることだったからだ。
 だから僕は――それについて否定しようなんて思わなかった。
 かといって、肯定しようとも思わなかった。
 今の僕は、ただクララの話を聞くしか道がなかった。
 それは、今の僕が魔法使いについてあまりにも無知だから。
 それは、今の僕が置かれている状況において、あまりにも無関心だから。
「……暗い話をしている場合があるのかしら?」
 ふと、僕達の話に割り込んできたのは、他でもない、最上さんだった。
 そして、最上さんは後ろにあるお店――全国各地に点在するハンバーガーチェーンを指差して、こう言った。
「クレアちゃんが、あそこのハンバーガー食べてみたいって。私は別に何処だって構わないのだけれど……ずっと話していたから、全然話に割り込むことが出来なくて。あなた達は、それで問題ないかしら?」
 その言葉に、僕とクララは頷くことしか出来なかった。

   ◇◇◇

 ハンバーガーってどうしてこうも値段と美味しさの良いとこどりしているんだろうな。そんなことを何度か考えたことがあるけれど、結局小難しくなって考えるのを止めたことがある。それが一度だけじゃなく、それについて考えたことが百回あるとしたら百回もその思考に陥っている訳だから、案外人間の思考って単純で適当だな、と思ったりする。
「それにしても、ライスバーガーって美味しいですよねえ……。うちの喫茶店でも出そうかしら。焼きおにぎりを作れば良いんですよね? それをバンズの代わりにすれば……」
「いやいや、そんな簡単にお店の味を再現出来たら商売あがったりじゃないですか? もっとお店の……何だろう、門外不出のレシピとかあると思いますよ、多分」
「そういうものですかねえ……。あ、でも! うち独自のアイディアで作れば、大丈夫じゃないですか。というか、レシピに著作権ってあるんでしょうか……」
 もしそんなものがあったら、インターネットに蔓延っているレシピ紹介サイトは、大変なことになりそうだけれど。あと、そのレシピを紹介しているテレビ番組も。
「パンの代わりにご飯で挟むのは、ちょっとびっくりしたけど……それでも美味しいの!」
 クレアはそんなことを考えることもなく、暢気にハンバーガー(正確に言えば、ライスバーガーになるのか?)を口いっぱいに頬張っていた。ソースが口に付いているぞ、食べたらティッシュか何かで拭いてくれることを祈るしかないが。
「これからどうするんです?」
 最上さんはストローでアイスコーヒーを飲もうとしたタイミングだったみたいで、目を丸くしながら僕の方を向いていた。おい、主催。
「これから……そうですね。先ずは名古屋駅へ向かいましょうか。今から二十分後ぐらいに名古屋駅行きのバスが発車しますから、それに乗って名古屋駅へ向かいます。その後は、あれやこれや乗り継いで、河合小橋バス停へ。そしてどでかいイオンモールに寄って、そこからは……お楽しみです」
 何だろう。何だか嫌な予感がするのは気のせいだろうか。
 ん……それにしても、イオンモール? そのイオンモール、もしかして一度向かったことがあるイオンモールじゃないだろうか。最上さんは知らないかもしれないけれど。
「もしかしたら、エレナに会えるの?」
 そう――クレアと僕が出会った、味方の魔法使い、土橋エレナだ。エレナはそのイオンモールからちょっと離れたところの、鬱蒼と草花が生い茂る廃墟めいた屋敷に一人で暮らしていた、はずだ。何だかそんなに時間が空いていない気がするのに、随分と久しぶりの説明になるような気もするが、まあ、多分気のせいだろう。
「エレナちゃん? ……あー、聞いたことがあるような、ないような。私、多分会っているわよね?」
 記憶が確かなら、出会ったことはないと思います。僕が知らないタイミングで会ったなら話は別ですけれど。
「うん、それじゃ会っていないわね。それなら、ちょうどその辺りで夕飯になるでしょうから……エレナちゃんとも会ってみる? 連絡先は知っているかしら」
「ああ、それなら」
 答えるのはクレアではなく僕だ。何故ならクレアは携帯電話を持っていない。そして、相手の電話番号も知り得ていない。対して、この僕、間宮和史は携帯電話――今はスマートフォンとでも呼ぶべきか――を常に携帯している。そしてそのスマートフォンには、この前エレナの連絡先を登録しておいてある。これは常にクレアと行動しているかもしれない、という予測から成り立った結果ではあったものの、まさかこんなに早く、それも魔法使いとの戦闘でも何でもなく、寧ろ日常系アニメのワンシーンのようなタイミングで使うことになろうとは、流石の僕も思わなかった。想定外とはこういうときに使うのだろうな。
 


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