「これは……驚いた」
 小幡緑地までは、普通のバスと同じように道路を走っているバスだったが、小幡緑地駅を見たら思わずそんな声を出してしまった。何せ、小幡緑地駅は高架となっている。それに対して今までの区間は全て平面区間となっている。では、そこに登るための坂が必要になる訳だが、いったいどうやって進んでいるのかと思っていたら――。
 バスがいきなり左に曲がり、そのまま緩やかなカーブを曲がりながら、ある場所で停車する。バーが設置されており、立ち入り禁止、或いは一旦停止を示しているようだった。その停止を示している理由は――運転席を見れば一目瞭然だった。何とハンドルから手を離し、何かレバーを押した。そして指差し確認をすると、バーが上に上がったので、そのままレバーを動かしたのだ。
 そう、ハンドルには一切手を触れていない。
「まるで電車みたいに操縦している……これが、これがゆとりーとラインの真の姿、ということなのか……?」
「あのー……まるで初めて火をおこした原始人みたいな言い分ですけれど。まあ、物珍しいのは分かりますが」
「だって、普通に考えてこんなの見たことないですよ。最上さんだって、ずっと名古屋に住んでいた訳でも、このゆとりーとラインが生まれた頃に既に存在していた、って訳でもないでしょう? だったら、ファーストインプレッションはどうだったんですか」
「……和史くん?」
「はい?」
 そこで僕は――何か言ってはいけないようなことを言ってしまった、そんな気がした。
「女性にはやってはいけないことが沢山あります。男はそれを地雷原を通る兵士の如く慎重に避けていかねばなりません。……そのうちの一つに、こんなものがあります」
 一息。
「……女性の年齢は、聞いてはいけない……と」
「すいませんでした」
 謝罪までの時間、二秒。
「うんうん、少し気分が高揚するのは分かるけれど、落ち着いて、物事を敢えて離れた視点から見ることも大事だ、ということね。それを分かっていれば、いつか必ず良いことが起こるはずだから」
「……それって、『悪いことが起きたら、次は良いことが起きるよ』みたいなニュアンスの話だったりしませんか?」
「そうそう。何でしたっけ、それ。帳尻会わせ、というか」
「帳尻会わせって……まあ、そう考えたくなる気持ちも分かりますけれどね。悪いことが起きたら、ずっとそればっかり続くと思う人はあんまり居ない。いや、居ないことはないかもしれないけれど、大体はポジティブシンキングをする訳だから……それをすれば、次はきっと良いことがあるだろうな、なんて思うのも当然。逆だって同じことですよ。良いことが続くようだったら、それが永遠に続くなんて考える人はあんまり居ない。究極にポジティブシンキングな人間なら可能性はありますけれど、皆が皆、そういう考えで生きていない。やっぱり、トータル零で考えた方が良いと思いますからね。だから、良いことの次には悪いことが起きると思う訳であって……」
「ストップ、ストップなの。カズフミは、気がつくと長々と話をすることが多いの」
「悪かったね……。別に僕は長く話しているつもりはないんだけれど」
「いいえ、あなたの話し方は、くどくて長くて……。少し気にした方が良いと思うけれど?」
「クララさんまで?」
「クレアがそう思うってことは、相当じゃない? この子、意外とタフだから、あまりそういうのは口にしないのよ」
「そうなんですか……まあ確かに魔法使いやっていれば、そういう精神は鍛えられそうな感じはしますけれど」
 ってか、魔法使いは全員変人に見える。人間というカテゴリーから外れたような。ドロップアウト、というのかな。
「……何か変なこと考えてない?」
「何も、何も考えていませんよ」
「そう? なら、良いけれど」
 バスが動き出し、今度こそ高架区間がスタートする。小幡緑地駅から大曽根駅まで、これからはずっと専用軌道を走る。とどのつまり、このバス以外にここを利用することが出来ない、という訳だ。ほんとうは、こんな面倒臭いシステムにしないで――ガイドウェイバスって言うんだったか――ただの高架道路にする計画もあったそうだが、そうすると専用レーンを用意したのに皆使ってしまって殆ど意味を成さない基幹バスの二の舞になると考えられたのだろう。結果的に、それは見送られて、両端にレールを敷いているらしい。新交通システムと似たような感じだ。リニモとか。
「ここから大曽根駅までどれぐらいなの?」
「ええと……そうですね。二十分ぐらいじゃないかな、って思いますけれど。私、バス旅をやる時は、時間を調べないんですよね。自由な旅って感じがしなくて。計画を立てて旅をすることも嫌いじゃないですけれど、一応一つの市での旅ってことは……小規模じゃないですか? だから、あまり筋道立てずに行くんです。バスも来た奴に乗る。たとえ遠回りになろうとも」
「……それって優柔不断なのを誤魔化しているだけなんじゃ……」
「何か?」
「何も言っていませんよ、ええ、何も」
 ここで何か口答えするのは不味いような気がする――そう思って、僕は口を噤むのだった。

   ◇◇◇

 大曽根駅に到着した頃には、ちょうど昼下がりとなっていた。お腹も空いていたし、ちょうど駅前で色々食べるところもあるし、ご飯にしましょう、という最上さんの提案を受け入れることにした。ファミレスにハンバーガーチェーンが軒を連ねているのを見て、クレアはかなり目をキラキラさせて見ていた。確かに、魔法都市じゃこういうのはなさそうだしな。イメージ的に。
「そのイメージ、出来ることなら変えた方が良いと思うのだけれど」
 クララからそう言われてしまったので、僕は目を丸くする。あれ? もしかして言葉に出てたのか?
「言葉に出ていなくても、あなたの動きで大体理解出来ますよ……。顔つき、目線、その他細かい所作……そういう人間観察も魔法使いをやってる上では重要な要素だったりします。一応私は、専門の大学を出てますから」
「魔法専門の大学? そんなものがあるのか?」
「そりゃあ、魔法都市と言うぐらいだからあるに決まってるでしょう。魔法使いの、魔法使いによる、魔法使いのための大学……名前もそのまま、『魔法大学』」
 確かにそのままだな。何のひねりもない。
「魔法大学は権威があるんです。世界唯一の高度な魔法を研究し、体得するための教育機関ですから。海外にも『魔女』と呼ばれる存在は居ますし、似たような機関はありますけれど……お世辞にも魔法大学より練度の高い大学は存在しません」
「……自分の居る大学に、かなり期待しているように見えるけれどな」
「そりゃあ、そうでしょう。魔法使いになったら、大学に通うために、競い合うのですから。魔法使いでも、大卒というレッテルはかなり素晴らしいものだという認識があるんですよ」
「そんなものなのか?」
「そんなものですよ。……クレアもいつかは魔法大学に入学して欲しいものです」
「どうして?」
「時津家は、魔法使いの名家と数えられる家系です。時津家は長男が居ないので、婿を取るしかないのですが……それが私になるか、クレアになるかは分かりません」
 それって、未だ未だ早い話じゃないのか。クララは未だ良いにしても、クレアはそれを満たしていないんだぞ。
「魔法使いにとって、世継ぎは重要な存在ですからね。……高い魔力をいかにして、次の世代に繋げるか。一番良いのは、魔法使い同士の結婚ですけれど、そう上手くいく訳もなく……。結果的に、魔法使いとしての魔力が薄まる家系も少なくありませんよ」
 



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