大曽根駅から名古屋駅に向かうまでのルートは、幾つか考えられる。
 一つ目は、JRを使うルート。中央本線は一時間に二本程度は走っているから、それに乗ればものの十五分ぐらいで名古屋に到着する。乗り換えの手間もないし、普通はそれを使うのがベターと言えるだろう。
 二つ目は、地下鉄を使うルート。乗り換えの手間はかかるものの本数についてはこちらに軍配が上がる。名城線で栄まで出て東山線に乗り換えるか、一つ手前の久屋大通で桜通線に乗り換えるかのいずれかだ。どちらも本数は多いから乗り換えの時間さえ考慮すればこれの方が良いかもしれない。
 そして三つ目――鉄道を制覇してしまったなら、残されたのはバスしかない。大曽根駅と名古屋駅を結ぶ市バスの一路線は、名鉄瀬戸線と幾度か交差して栄――名鉄瀬戸線は栄町駅だから、ここは栄町と言う方がベターなのだろう――の手前で名鉄と別れる。その後市役所を経由して名古屋駅に向かうルートだ。時間はかかるし本数も少ないが、運賃は一番安く二百十円。時間に余裕があるならば、これを使うのも有りかもしれない。
「一時間に一本とはいえ……ガラガラじゃないですか、このバス」
 僕の言葉に溜息を吐きながら最上さんは呟いた。
「そりゃあ、名古屋は車社会ですからね。刻一刻と公共交通機関の必要性が失われつつあるんですよ。だからこういう風に乗り込んで公共交通機関の必要性を訴えていかないとですね……」
「それ、何処に向けてのメッセージなんですか?」
「何処でしょうねえ……。でもまあ、少なくとも今の人間にじゃないですか?」
 随分とターゲットが広くなったような気がするぞ。
「バスは良いものなんですよ。色々と話も出来ますし、こういうところなら運賃も一定ですし、のんびり時間が流れている感じがしますし。……鉄道だとほら、情緒がないでしょう」
「……それ、一部の人間を敵に回したような感じがしてならないんですけれど」
「あら、そうですか?」
 最上さん、笑いながら言っているけれど、それほんとうに気をつけた方が良いと思う。鉄道好きな人だって居るんだし。
「……でも、このバス、嫌いじゃないの」
「おや? クレアちゃんも少しはバスのことが分かってくれたかな? だとしたら、おねーさんめちゃくちゃ嬉しいんだけれどな」
 多分クレアはあまり分かっていないと思いますけれどね。乗ったことのない公共交通機関に、少しだけ気分が高揚しているだけのような気がする。幼少期、初めて乗ったバスや電車に、ワクワクしたことはないだろうか? その感覚だ。
「取り敢えず、賛成意見を述べてくれているのはクレアちゃんだけということね……。間宮くんも何だかつまらなそうな表情を浮かべているし。で、クララちゃんはどうなのかしら? 私の意見を聞いた上で……ちゃんと空気を読んだ発言をしてくれるわよね?」
 それ、パワハラって言わないんでしょうか。
「……私は、別に忖度をするつもりはありませんよ。だって、魔法使いですから。魔法使いは、普通の人間とは感性が違う。それについては……下宿先であるあなたもご存知のはずでは?」
「…………何も冗談で言っているのに、そんな言い回しされるとは思ってもみなかったよ。私だって本気でそういう風に言っているつもりじゃないことぐらい、十二分に理解してくれていると思ったけれど?」
「無論、本気で話してるつもりではないということ、それについては私も理解してます。けれど、普通に考えて……その発言はパワハラって言うんじゃないですか?」
 おっ、言うねえ。僕がずっと言いたくて言えなかったことを、クララははっきりと物申してくれた。これって意外と出てこないけれど、でも結構有難いことではあるよな。実際問題、目上の人がその立場を利用して横暴極まる発言や行動をするというのは、この現代日本ではもう時代遅れの代物と言っても差し支えないのかもしれないし、そうであるべきだと思う。たとえそれが常識ではないとバッシングされるのならば、その常識こそ間違っているとバッシングし直すべきだ。
「……パワハラ、ねえ。はー、やだやだ。何を言ってもパワハラだのセクハラだのマタハラだの……ハラスメントの温床になっちゃっているんだから。ハラスメントばかり言っても、物事が解決するとは限らないし、前に進むとも限らない。ならばそのハラスメントを受け入れて……一度は世界に秘匿しておくのも、一つのアイディアじゃないのかな?」
「その考えこそが今は古いと思うんですよ。……現に魔法使いの間では、そのようなハラスメントと呼ばれる事象は起きてません。魔法使いは自らの実力を、自らが一番把握してます。そして、その実力社会であるからこそ……魔法使いは上に目指そうと、実力を高めようとする訳です。全ては、自らのために」
 実力社会の原液って訳だ。
 出来ることなら、関わりたくないところではあるが。
『次は、名古屋駅、終点です。本日は名古屋市営バスをご利用いただき、誠にありがとうございました――』
「あっ、そんなことを言っていると、もう名駅に着いちゃったわ」
 上手いタイミングもあったものだ――最上さんは名駅に到着するアナウンスを利用して、重々しい空気になっていた会話を強引に切り上げた。無論、誰かがそうしなければならないのは火を見るより明らかではあったものの、当事者である最上さんがそれをすることで、誰も抗えなくした、というところだろう。そういうところに落ち着くように仕向けるのも、年長者の役割なのかもしれなかった。ま、年長者の苦しみは年少者には分からないのかもしれないし、逆もしかりだ。
 名古屋駅バスターミナル。
 何度かここに来たことはあるような気がするけれど――ここのバスターミナルの複雑怪奇ぶりに圧倒される。何せ市バスのバスターミナルだけならともかく、名鉄バスのバスターミナルも別の場所にあり、それぞれ違うところへ向かうことが出来る。このバスターミナルはそれなりの距離離れていて、歩くと結構しんどい。バスで移動しても良いかもしれないが、そのために二百十円取られるのも癪だ。であるならば、徒歩で移動するか予めルートを確認しておくか――そのいずれかが該当する、ということ。ちなみに市バスは当然名古屋市内――例外はあるが――にしか走らないが、名鉄バスの場合は殆どが終点は市外だ。それどころか高速バスも止まっているから、それに乗ってしまったら次のバス停は県外、なんてことも有り得てしまう。恐ろしい、名古屋駅バスターミナル。



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