名古屋駅バスターミナルは、乗り場がコの字型に整備されている。建物の一階にあるから、雨に濡れる心配もない。郵便局が入っているKITTE名古屋、高島屋名古屋セントラルタワーなどなどが軒を連ねており、電車に乗る機会がなくてもここにやって来ることは別に悪いことじゃないと思う。実際、僕も用事がなくても行きそうな気がするし。
「次はどのバスに乗るんですか?」
「次に目指すのは、名古屋市最西端のバス停である河合小橋ということは覚えていますよね?」
 ああ、確かに。何かそんなことをさっき言っていたような気がする。
「河合小橋に向かうには、何処かで乗り換えなくてはなりません。という訳で今から乗り込むのは……」
 指さした先にあったのは、港区役所行きのバス。
 待てよ、港区役所って――。
「それじゃ、乗り込みましょうか。港区役所行きのバスに。多分あのバスは空いているはずだから、あまり慌てるようなことはしなくて良いと思いますけれど、バスの本数は少ないですからね。まあ、のんびり行きましょう」

   ◇◇◇

 名古屋駅から港区役所へ向かうバスは、結構細い道を通るバスだった。名古屋駅は名古屋市の全ての区にバス一本で向かうことが出来るようだけれど、どうやら需要はあまりないようで、本数は一時間に一本程度しか走っていないのが大半を占めているらしい。最上さんの解説は、かなり寄り道することは多いかもしれないけれど、その実、割とちゃんとした内容であることも分かっているし、だからそれについて何か文句を言う筋合いはこれっぽっちもない。
 というか、ガラガラの車内でそう知識を披露したところで、誰も不満に思う人なんて居ないしね。運転手さんぐらいは、たまに居るんだよなあこういう知識を惜しげもなく披露してマウント取っている奴、とか思っているかもしれない。今のは僕の本心ではないのであしからず。
「ところで」
 ところで? いきなりそう話を切り出したのは、クララだった。今までそういう話題に興味を持って居なさそうだったから、自分から話を切り出したといった感じだろうか。だとしても、どのような話をするんだろうか。魔法使いって、普通の人間とは違った感性を持っているなんて聞いたことがあるから、案外人間と絡みづらそうなイメージはあるけれど、それを拭い去ってくれるんだろうか。――というか、今まで出会った魔法使いが、失礼な言い方ではあるが、社会不適合者の烙印を押されてもおかしくない奴らばかりだったという、ただの一人間の価値観に過ぎないのだけれど。
「どんな話?」
「……この街に、どうして魔法使いが多く集まるのか、少しだけ疑問があった」
「それは……やっぱりあれじゃないか? この前の戦いの時に、敵の魔法使いが言っていたけれど。ほら、アレイスターの遺産とかどうとか」
「世界最高の魔術師である、アレイスター=クロウリー……かつてこの国にもやって来た痕跡があり、彼はそこにある遺産を残した。そして、それがもし見つかれば、世界の魔法技術が一段階前に進むだろうとも言われてる」
「それが……エイワス、だったっけ?」
 もう名前もうろ覚えの領域に突入しつつあるのだけれど。
「エイワスは、法の書で語られている。その書物には、天使ともそうではない存在とも言われてる。エイワスが降りてきたとか、エイワスと会話したとか……その伝説は色々と尾ひれがついてて、話にならないところではあるのだけれど、そのエイワスがもし存在するとして、それがこの名古屋に居るとして……どうして魔法使いはそれを知り得ることが出来たのだろう?」
「うん……?」
 そこで僕は、少しだけ引っかかった。
 大魔術師アレイスター=クロウリーが残した遺産、エイワス。それがもし実在すると『仮定』したら、それを知ることが出来た魔法使いはどれぐらい居るのだろうか?
「ええと……良く分からないけれど、アレイスターの遺書でも残っていたんじゃないのか。そして、それが残されていた結果、この名古屋にエイワスが眠っているというデータが得られた」
「アレイスターが死んだのはイギリスの静かな片田舎だよ。どうしてそんな場所から情報が漏れる? 魔法庁がマークしていたなんて情報も聞いたことがないし。第一、アレイスターがあそこで死んだという確証すら掴めていないのだから」
「どうして? 死んだ場所はそこだとはっきりしているのだろう?」
「世界最高の魔術師と言われ、世界を渡り歩いた彼が、どうしてイギリスの片田舎で最期を送ろうと考えたりするのかしら。普通、部下や弟子に引っ張られて、死ぬ直前まで崇拝されたり、死んだ後も大々的に……それこそ彼を神と仕立てることだって充分に可能なはず」
 でも。
「アレイスター=クロウリーは、それを望まなかった。最後の最後は、人との交流を絶ったとも言われてる。それって、おかしな話だと思わない? まるでアレイスター=クロウリーは……イギリスの片田舎で余生を送ったアレイスター=クロウリーは、顔を見られたくない。見られたら不味いと思ってたかのような」
「アレイスター=クロウリーは、そこでは死んでいない……と?」
 それって――あまりにも大胆過ぎる仮説じゃないか。
「これは私の仮説ではあるのだけど……『魔女狩りの教皇』、そのボスはアレイスター=クロウリーから何かを直接得た。そして、それを元にエイワスを探そうとしているのではないか……。まあ、あくまでも仮説。全く証拠がない与太話ではあるけど」
 いや。
 確かにその仮説は、案外――というか、存外、正しいのかもしれない。それがどういう原理で成り立っているか、色々と理論立てて話す必要はあるのかもしれないし、それが出来ない以上、クララの発言は推測を出ない――であるならば、それが正しいか正しくないかについては、話し合わなくてはいけないのだと思う。話し合ったところでより良い意見が出てくるかどうかは分からない。これ以上の意見が出てこないかもしれないし、出てくるかもしれない。それについては五十歩百歩といったところだろうか。
「それを言うならフィフティ・フィフティじゃないですか?」
「……あれ、もしかして口から出ていましたか?」
「いえ、何となく」
 テレパシーか何かで読み取ったとでも言いたいのか。
「あなたの考えは悪いとは言いません。ただし、確たる証拠もない以上、それはあくまで推測。それ以上でもそれ以下でもありません。そして、それについて正解を知っているのは……他ならぬ、その魔法使いであるとも」
「……でも、それを確かめる術がないの」
 クレアは言った。至極まっとうな意見だった。文句のつけようがない。それ以上批判するつもりもない。確かめるには、その魔法使いに直接聞くか、組織に乗り込むしか術はない。しかし、実際僕達は彼らのことを何も知らないのだ。相手はやって来るだけで、いつも打ちのめしている。その打ちのめした後に拷問でもしてやれば、アジトの手がかりでも吐くかもしれないが――それはやらなかったし、やれなかった。そういう冷酷さを持ち合わせていられる程、僕達は社会について知らない。


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