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第一章 妄執の証明①

   第一章 『妄執の証明』


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「そういえば」
 スタンダロンは別室に保管してある。その為、そこまで案内しなくてはならない。別室と言っても自分の研究室から直接で繋がっている通路がある為そこを通るだけなのだが。
 その通路を通っているときに、オーイシは質問した。
「あのカード、何だか分かっていますか?」
「分かっているよ。捜査令状だろう。それにしても裁判所からわざわざ捜査令状を持ち出してまでスタンダロンに会いたいとは、それこそ妄執とは思わないかね」
「ああ、良かった。あなたもあれに『騙されました』ね」
 ぞわり。
 それを聞いて背筋が凍ったような、そんな感覚に襲われた。
 立ち止まり、振り返り、彼に尋ねる。
「今、なんと言った?」
「ですから、あれは嘘です。」
 目を丸くしていた僕に、オーイシは事実を突きつける。
「あれは、捜査令状などを解読した上で私が独自に開発したエンジンを使って起票したものです。ですから、あれはまったくの偽物。出来れば処分を願いたいのですが」
「公文書偽造って知ってる?」
「勿論。警察を舐めてますか」
「いや、君が行っていることは立派な犯罪行為だよ? 最悪僕がこれを警察に突き出せば君はお終いだ。それを分かって言っているのか、ということなのだけれど」
「当然。そこまでして、私はスタンダロンに会いたいのです。ほんとうに、人を殺したのか」
「そこまでして聞きたいのかね、まったく」
 踵を返し、僕は歩き始める。
「あなたがだめだというのならば、私はそれを警察に提出し、甘んじて罰を受けましょう。でも、それを持ったままあなたがスタンダロンの元へ向かうと言うことは、」
「理解しろ。それぐらいロボットのお前なら出来る話だろうが」
 少しだけ、強気に言った。
 だけれど、オーイシはそれについて特別変な反応を示すことはなく、ただ「はい」と頷くばかりだった。それだけで良かった。それだけで良いと思えた。 
 スタンダロンの部屋に到着する。正直、このタイミングまであやふやだった。ほんとうにスタンダロンは今もこの部屋に存在しているのか、実は別の部屋に、或いは外の世界に出てしまっているのではないかと思ってしまうこともあった。シュレーディンガーの猫、とまでは言わないが、『実際に見てみないと分からない』とはまさにこのことを言うのだろう。
 カードキーのIC認証で扉を開け、中に入る。カードキーは複数人に配布されており、その人間なら誰でも入ることは出来る。勿論、きちんと管理をしないと情報セキュリティ上の問題が発生するから、そこに関してはかなり慎重になるわけだけれど。
「入りたまえ」
 僕は扉を開けて、彼を部屋へ案内する。部屋への扉は長時間開けておくことは許されない。とどのつまり、ある一定時間になるとアラームが鳴動し、直ぐにモニタリング出来るようになっている、というわけだ。流石に外部へと連絡出来るようには連携は出来てはいないが。
「失礼します」
 そして、オーイシは部屋に入ってきた。
 本来、僕の研究室にはあまり人を入れたくない。汚れるだとか穢れるだとかそういう認識じゃあなくて、結局の所は僕の研究を外に出したくないだけの話なのだ。
 外に出さずに、ただの自己満足で終わらせることは、研究者に良くある話だ。
「これが、スタンダロンですか」
「そうだ。今眠っている。エネルギーの充電中は『眠っている』ようにプログラミングされているんだ。つまり、今眠っていると言うことは充電しているということにもなる」
「成程。しかしながら、思ったより人型ではないのですね」
 スタンダロン。
 基本的には流線型のフォルムをしているそれは、頭が楕円型に丸くなっていて、首は胴体と頭をつなげる為に谷のような形状となっていて、回転させることも出来る。胴体は腹部に重心を安定させるために円盤型のボードが入っており、これはそれ以外にもモノを置いて運んだり、『心臓』などの部品を取り替える際に開ける緊急用の蓋も円盤の少し上に置かれている。設計上の都合ではあるが、なるべく同じ所に設計するように設計したのが、僕の理想であり現実との兼ね合いでもある。
 足は二足歩行ではなく、二つのタイヤが装着されている。低床の路面列車みたいなものを想像して貰えれば良い。また、安定的に制止するためにタイヤの周囲の壁が下がるようにもなっている。それは緊急停止挿せる場合或いは身体を安定させるために僕が必要とした技術だ。
 スタンダロンは赤いフォルムに身を包んでいるが、その体表面積の九十六パーセントは太陽電池になっている。太陽で得たエネルギーを元に運転し、そして充電は主に太陽光によって賄われる。これは電気が供給出来なくなった場合においても利用できるようにするための対策だ。人間はいつかは滅亡する。しかしロボットだけでも生き延びて欲しい、というエゴによって太陽電池の実装が実現した。それは僕のエゴだ。人間であり、寿命が限られている存在であり、いつかは死に至る僕の、限りないエゴだった。
「博士、スタンダロンを起こして貰うことは可能ですか」
「それは、スタンダロンに『事情聴取』をするということかね?」
「本来ならば、ロボットから脳を摘出して、データを無理矢理排出して貰うのが普通ですが、今回は『特別』です。私による事情聴取にて行います。そもそも、そんな専用の器具は持ち歩いていませんから」
 ロボットにも人権を与えよ、という流れは出てきつつある。
 しかしながら、今もロボットには人権はなく、そもそもロボットが罪を犯すことはないので、現状ロボットを裁く法律は存在しない。しかし、ロボットを設計するのは人間であるのだから、限りなく不具合が発生しないように設計しようとしても『完璧』はあり得ない。だからロボットを取り調べする必要もあるわけだが、その方法は残虐そのものだ。先程オーイシが言った通り、ロボットから脳を摘出し、データを無理矢理排出させて解析を行う。それは間違っている、とかつて述べたことがあるのだが今の感じからすると結局修正は成されていないのだろう。面倒くさいことは修正しない、それが人間の生き様というものだ。
「スタンダロンは人工太陽光にて充電を行っている。それを一度停止しないと中に入ることは出来ない。少なくとも、人間であれば、な」
「しかし、私はロボットです。人間ではない以上、この空間に入ることは可能です」
「可能だとか不可能だとか、そういう問題じゃあない。スタンダロンの事情聴取には、僕も同行させて貰う。それが条件だ。もしその条件をのまないなら、あの捜査令状が記録されたカードを警察庁に提出するぞ。前代未聞の、ロボットによる命令無視だと言ってやる」
「分かりました、分かりました! あなたの言葉に従いましょう。まさかあなたがそこまで強気でやってくるとは思いもしませんでしたよ」
「僕は研究者としては長いんだ。今更警察勢力に脅されたところで何も変わらない。それが僕の意志だ」
「そうですか、しかし」
「しかし、何だ」
「スタンダロンがもし何も話さなければ」
「話さなければ?」
「記録を解析させていただきたい」
「そんなこと!」
 させるとでも思っているのか、と続けようとしたが、
「だめですよね、申し訳ありません。分かっています。もしかしたら、何も話してくれない。そう思ったのです」
「もしそうならば、管理者コードを実行してやる。僕の最高傑作に泥を塗ったからには拭い去る行動も実施して貰うぞ」
「それは、」
「だめだとは言わせない」
 僕は一歩前に出る。
「もしそれを否定するなら、僕はこれをデータでも実物でも提出するし、そもそもスタンダロンに会わせはしない」
 カードをちらつかせて、僕は言った。
 やれやれといった様子でオーイシは言った。
「仕方ないですね。分かりました。では、それで了承致しましょう。もし、『彼』が何も知らなかったらそのときは私の全身全霊を持って謝罪させていただきます」
「全身全霊、と言うには霊体が存在していないだろうがね」
 軽口を叩く余裕も、今の僕にはあった。
 それぐらい、スタンダロンには絶対的自信があったからだ。絶対に、スタンダロンは人を殺さない。そういった自信が、今の僕にはあったのだ。
「スタンダロンを、それ程愛しているのですね」
「愛しているのではない。これは、何だろうね」
 少し言葉に詰まってしまったが、愛情ではない。
 感情には表しづらいその感情を、僕は言葉にすることが出来なかったけれど、しかしながら、それでも僕はスタンダロンを守りたかったのだ。
「じゃあ、スタンダロンに会いに行こう」
 僕は機器に設置されたたくさんのスイッチのうち一つを押す。
 すると徐々にスタンダロンが入っていた空間は暗くなり、やがて真っ暗となった。
 同時に、スタンダロンの部屋とこの部屋を繋ぐ扉から、がちゃり、と音が聞こえた。
 扉の鍵が開いた音だ。それを聞いて、僕とオーイシは部屋の扉へと向かうのだった。

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