プロローグ


 先延ばしにした結論を、未だにわたしは後悔している。

「ねえ、レナ」

 わたしは、海岸で彼女と話していた。
 とは言いながらも、この島で海というのは珍しいものじゃない。一時間も歩けば島を一周出来るぐらい小さな島で、東京と直接行き来することも出来ない。必ず何処かを経由しなければならないぐらい、長閑な島――それが幻海島だった。

「レナは――幸せ?」

 その言葉の意味を、わたしは未だに理解することが出来ない。

「――幸せ、だと思うよ」

 あの時のわたしは、現実を見ていなかったのかもしれない。
 或いは、現実を直視出来なかったのかもしれない。
 いずれにせよ、彼女の発言の意味を重く受け止めていなかったわたしは――幼稚な解答をしてしまったのだ。
 悔やんでも悔やみきれないし、意味がないと言われればそれまでだけれど、ただ、後悔しなかったかと言われると嘘になる。
 わたしはずっと、後悔している。
 あの時の彼女の――牧村美歩の表情を忘れることは出来ない。
 何処かに闇を抱えているような、壊れそうな笑顔。
 今思えば、そういう風に感じ取ることも出来たのだけれど、あの時のわたしからしてみると、それが彼女の取り柄みたいなものだと思っていた。
 彼女のSOSに、気づけなかった。
 ほんとうにわたしは、あのままで良かったのだろうか。
 もし、タイムマシンが手に入るならば、わたしはあの時間に戻りたかった。
 そして、慰めてやりたかった。助けてあげたかった。手を……差し伸べてあげたかった。
 それをわたしは、駐在所の掲示板に掲げられた写真を見る度に思い返す。
 牧村美歩は、その日を最後に――幻海島から行方不明になっている。


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