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 東京から飛行機とフェリーを乗り継いで、約半日。
 人口数十人ほどの小さな島が、わたし達の住む幻海島だ。
 住む人達は皆家族のような存在で、いつも気にかけてくれる。
 間宮商店のおばあちゃんはいつもわたし達が下校する時にお菓子をくれる。それじゃあ経営が成り立たなくなってしまうのは、いくらわたし達だって分かっていたことだったから、きちんとお金を支払おうとするのだけれど、次で良いからと言って受け取ってくれない。
 まあ、この島にある唯一のお店だから、数百円の損失ぐらい大したことないのかもしれない。

「それじゃ、行ってくるね」

 家を出て、わたしは歩き始める。
 何をするかと言われると、答えは単純明快。
 学生の性分である、学校への登校だ。
 幻海島唯一の学校となっている幻海小学校・中学校は幻海島の中心やや南に位置している。正確には幻海山の中腹にあるため、学校に向かうには山を登らなくてはならない。
 これが良い運動になると思う人も居れば、鬱屈な気分になる人も居る。
 どう思うかは、人それぞれだと思う。
 ただ、少なくともわたしはそれを良いことだと思うかな。
 良いか悪いかって指標で語るのならば、そうとしか言いようがないのかもしれない。

「おばあちゃん、おはよう!」

 間宮商店のおばあちゃんに声をかけながら、わたしに近づいてくるショートカットの女の子。
 結論から言ってしまうと、この島に住んでいる学生は数人しか居ない。
 よって、全員が顔見知りであり幼馴染みであり友人であったりする。

「レナ、おはよう! 今日も良い天気だね」

 そう言って太陽のような輝く笑みを浮かべているのは、わたしの――狭義の――幼馴染みでもある草薙瑞希だった。

「瑞希、おはよう。元気だね、今日も」
「朝から元気じゃないと一日暮らしていけないからねー。それに、そろそろ大会も近いから、体調を均しておかないと」
「陸上の大会だっけ? でも、凄いよね、瑞希は。部活動もない学校から単独で出場するんだから」
「そりゃあ、そこは先生の尽力もあったんだと思うけれどね。県大会に部活動以外が出場って、普通は有り得ないでしょ」

 昔なら――わたし達が生まれる十年ぐらい前までは、未だこの島の学校にも部活動を作ることが出来るぐらいの学生が住んでいたらしい。だから大会に出たり、コンクールに参加したりしていたのだけれど、今は中学生だけだとたったの四人。廃校寸前だ。

「うちらの世代で中学校も廃校になるのかね……。でもそうなると、今後どうやって学校に通うんだろう? フェリーで別の島に行くんだって、時間はかかるもんな」
「今はインターネットがあるんだし、その辺りは気にしていないんじゃない?」

 とは言ってみたものの、この島にある携帯の基地局は港にしか置かれていないため、学校辺りまで行くと圏外になることもしばしば。
 うーん、それじゃ携帯の意味がないもんね。

「今日の授業は何だったっけ? 数学があるのは覚えているだけれどなー」
「宿題があったからでしょ? 今日は国語と英語もあるよ」
「げーっ。マジか。英語苦手なんだよなあ……。日本語も満足に出来ないのに英語も学ぶっておかしくないか? ちょっとは考えた方が良いんじゃないか?」
「考えた方が良いって言うけれど……、多分上がそう決めているんじゃない。わたし達の進捗なんてあんまり関係ないのかも」
「そうなのかなあ……。何だか高校もこんな感じなら行きたくないなあ」
「でも瑞希はスポーツで頑張っているんだし、推薦で行けるんじゃない?」

 スポーツ推薦って制度もあるぐらいだし、陸上で優秀な成績を収めている瑞希ならそれぐらい余裕な気がする。別に、瑞希の頭を馬鹿にしている訳ではないのだけれど。
 というか、瑞希はこう言いつつもまあまあ勉強は出来るタイプだし。

「スポーツの推薦。そうか、それはあまり考えたことがなかったぞ……」
「何度か言っているような気もするし、瑞希ぐらいの成績を収めていたら、先生からも何か言われていそうなものなのだけれど……」

 まあ、言わぬが花ってことで。

「ところで……、これいつまで続くのかね?」

 そう言って瑞希がわざとらしくずらしたのはマスクだった。
 そう、わたし達はこう並んで歩いているように見えて、実は二メートル近い距離を開けて離している。ソーシャルディスタンス、という奴だ。東京では結構使われているようだけれど、数十人しか居ないこんなちっぽけな島じゃこれをしたところで意味がないような気もする。
 こうなってしまったのも、昨年から流行している感染症のせいだった。
 世界で広がっている感染症も、ようやくワクチンが開発されたようだけれど、まだまだこんな僻地までやって来る様子はない。
 でも感染者は増大傾向にあるようで、どうすれば良いのかって話にもなっていた。
 学校を閉鎖するか、島そのものを閉鎖するのか。
 あんまり現実味がないけれど、歴史の用語で言えば鎖国するようなものだもんね?
 それをしたところで何の意味があるのか分からないけれど……。

「おはよう、先生!」
「はい、おはよう」

 とまあ、そんなことを考えていると山の中腹にある幻海小学校・中学校の共同正門に到着した。
 正門の前で立っているのは、ジャージ姿の菅原先生だった。

「おはようございます」

 わたしは、瑞希から少し遅れる形で菅原先生に挨拶をして、学校の敷地内へと入っていくのだった。


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