8 見習いハンター


 武器屋防具屋が立ち並ぶメインストレートから一本路地に入ると、そこは普通の人間が出歩くような場所にはあまり見えなかった。
 要するに、治安が悪い場所――と一言で括ってしまえば良いのかもしれないが、しかしながら、それをそう言い切れるのもなかなか難しい。

「……しかし、まさか闇市を大っぴらに使う時が来るとは思いもしなかったなぁ……」

 闇市というのは、普通の人間が手に入れたくても手に入らない物が見つかることがある、とても夢のある場所だ。
 しかしながら、夢があるというのは、デメリットがない訳ではなかった。夢のような商品を手に入れるには、それなりのお金を用意せねばならない。それで済まないことだって有り得る訳だし、闇市を使ったことを永遠と責められた挙句、金銭を要求されることもあるのだ。

「闇市ってのも悪い所ばかりじゃないのよ。……そりゃあ、確かに悪い所ばかりピックアップされるのは致し方ないことだし、不当に高い金銭を要求する人だって居る。でも、それはあくまでも一つのケースに過ぎなくて、きちんと適正な価格で出してくれる所もあるのよ。……そこを吟味するのが、なかなかに大変なのだけれど」
「そんなこと言ってもなぁ、未だ信用出来ないぜ。闇市には悪いイメージしか抱いていないからさ……、まぁ、闇市の人間からしてみりゃ、危険なことをしたんだから、それぐらいの価値はしょうがないだろ、って話にもなるのだろうけれど」

 路地裏に入ると、湿気が多いような感じに空気が変わった。歩いている人も、柄の悪い人間に見えるし、ガムを噛みながらユウト達の姿を見ていた。恐らく値踏みをしているのかもしれなかったが、とはいえユウトとマリー――ルサルカもライセンスのみではあるが――ハンターではあるため、何かあれば実力行使に出ることは可能ではある。
 とはいえ、ハンターライセンスを持つ人間は、シェルターでの殺傷行為は禁止されている。当然と言えば当然だが、そこで規制しなければ、ハンターによる殺人事件が多発してしまい、シェルターの治安が悪化してしまうためだ。

「……あ、ここここ!」

 マリーが指差した先にあったのは、煉瓦造りの小さな建物だった。木の扉には小さい看板が掛けられており、そこにはこう書かれていた。

「レティシア……? それがお店の名前なのか?」
「お店の名前というか、分からないようにしているだけよ。闇市というのは、表立って物を売り付けることが出来ないからね……。まぁ、管理者も目を瞑っているところはあるのでしょうけれど」

 つまり、普通の住宅のようにカモフラージュしているということだった。そのカモフラージュがバレバレであったとしても、大っぴらに闇市であることを言わなければ、管理者はそこまで言うことはしない――マリーが言いたいのは、そういうことであった。
 扉をノックし、中に入る。中は小さい部屋となっていた。防具屋とも武器屋とも言えないようになっていると判断したのは、部屋の中に商品が掲示されていないからだろう。闇市である以上、何か抜き打ちで検査が入ることも考えられる。その時、商品を販売していることを隠すために取られているのだろう。
 カウンター――キッチンも併設されている――の向こうには、一人の女性が高い椅子に腰掛けていた。気怠げな表情を浮かべていた彼女は、パイプを加えてプカプカと煙を浮かべていた。
 少し遅れて、ユウトの口に煙が入る。

「ごほっ、ごほっ……。何で室内で煙管なんか使っているんだよ……。普通は、換気を良くして使うんじゃないのか?」
「何言っているんだい、坊主。そんなこと言っているうちはまだまだ青いね、青臭いよ。……それとも煙管は身体に悪いから良くない、と言いたいのかな?」
「別にそんなこと言いたい訳じゃ……」

 ユウトの言葉を聞いて、女性は思わず噴き出した。

「くっ……ははっ! 別に本気で捉えなくたって良いのさ。それにしても、ここに普通のハンターがやって来るのは珍しいとばかり思っていたけれど、マリー、アンタの連れかい?」
「まぁ……そんなところかな。この子に合う装備が欲しくて。少し、見繕ってくれないかしら?」

 マリーはルサルカの背中を押して、女性の前に立たせる。
 ルサルカはルサルカで何が何だかさっぱり分からなくなっていたのか、何度もユウトとマリーを見てはどうしたら良いのかということを目で訴えていた。
 しかしながら、そんなことはマリーには通用しなかった。
 マリーは無視して、ニコニコと笑みを浮かべている。

「……ふうん、結構可愛いじゃないの。こんな子でさえハンターをしなければならないって、世知辛い世の中なのかもしれないねぇ……」

 女性は深々と溜息を吐いた後、煙管をやっと机の上に置いた。

「良いよ、どんな物が欲しい? 予算は?」
「とにかく、先ずは在庫を確認したいかな。どんな物があるかな?」

 マリーの言葉を聞いて、女性は待ってました、と言わんばかりに満面の笑みを浮かべる。

「……見るかい? 今は最高の武器防具が揃っているよ。マリーなら見る目があるだろうからねぇ。少しぐらいは良い目がないと見せられない物もあるから、あんまり見せたくないものだよ」
「……流石、『目利きのレティシア』と言われるだけのことはあるわね。じゃあ、案内してくれる? あ、ユウトはここでお留守番ね」
「え?」

 いきなり言われた戦力外通告に、目を丸くするユウト。
 それを見たマリーはユウトの肩を叩き、

「ユウト、さっき言ったじゃない。ルサルカの……女性の防具を探すのは女性が最適である、と。つまりそれは、女性にしか見せられない場所があるから……ということ。それぐらいは分かっているでしょう? だからこそ、あなたはここに居ないと駄目なの。捕まりたくないでしょう?」

 そう言われて、ユウトは最早何も言い返せなかった。
 そして、レティシアを先頭に、ルサルカとマリーはそのままカウンターの奥へと消えていくのだった。


 ◇◇◇


「良いのですか?」
「何が?」

 レティシアを先頭にして、カウンターの奥にある階段を降りていく。
 ルサルカの問いに、マリーは何を言われているのかさっぱり分からなかったが、直ぐにそれが何を意味しているのか把握した。

「――ああ、もしかしてユーくんのこと? ユーくんなら安心しなよ、それにさっきも言ったじゃない。女性の洋服を見繕うのに、男性が居る訳にもいかないでしょう? だから、女性が店員をしているこの店に来た訳だし……。一応言っておくと、表通りの防具屋は店主が男臭いからねぇ」

 階下まで降りると、扉があった。しかしそれはただの扉ではなく、十個のボタンが四角形に並べられた装置が設置されている。

「……これは?」
「ああ、これは……、アレだよ。一応闇市をやっている人間だから、立ち入り検査が入った時に何かあったら困るからね。ここはシェルターということにしているのよ。シェルターなら、プライバシーに関わるからシェルターの管理者も無闇矢鱈に立ち入らない、って訳。マリーはパスワード知っているわよね?」
「0209でしょ。……もっと分かりにくいパスワードにした方が良いような気がするのだけれど、まあ、そこは本人の気分次第だから、致し方ないわよね」
「分かりにくいパスワードって、ほかに何かある?」

 レティシアの問いに、首を傾げるマリー。言われてみれば、分かりにくいパスワードというのはどのようなものが当てはまるのか――ということについては、なかなか議論の終わる道筋が見えてこない。完全に無作為なパスワードならそれも実現出来そうなものだが、しかし、それを実現したとしてもいつかは誰かが覚えてしまって漏洩してしまう訳で、そうなってしまったら定期的にパスワードを変えるしか道が見えてこない、という訳だ。

「パスワードを変えたところで、いつかはそのパスワードが脆弱性を高めてしまうことは有り得る訳だし、その辺は致し方ないのかもしれないけれどね……。でも、それは別に駄目なことだとは思っていないのだけれどね」

 レティシアを先頭にして、扉の先へと入っていく。
 扉の奥に広がっていたのは、武器や防具がたくさん並べられた空間だった。棚には幾つかの防具がハンガーで吊るされていて、その上には武器が一つ一つ丁寧に置かれている。丁寧な仕事、というのはやはり女性の印象が大きい。

「……やっぱり、見た目から綺麗にしないと、色々と五月蠅いのよね。だから、女性が良くやってくるようになったと言っても良いのかもしれないけれど……。日々の研鑽の賜物かもね」
「日々の研鑽……ねぇ。ところで、ルカちゃんはどれが良いと思う? 好きなものを選んでくれて良いからね。……どうせ、あそこで働いた分のお金も貰っているんでしょうし、ぱーっと使わないと!」
「ルカちゃんって呼んでいるの? 可愛いわねぇ、マリーも。たまには女の子っぽいところがあるというか……」
「私はいつだって女の子ですけれど?」
「……そうね、ちょっと言い過ぎたわ。で、どうするの? ルカちゃん、あなたはいったいどういうタイプのハンターになろうと考えている訳? マリーは見たら分かるかもしれないけれど、大剣を使っている。女性としては珍しい武器でしょうね。けれども、今はマリーに対して武器を変えるようアドバイスをするハンターなんて居やしない。皆、マリーの実力を理解しているからかもしれないけれど、そうやって自分の道を切り開いたのも居るわ。どういうハンターになりたいか、先ずはロードマップを作ることが大事だと思うわよ」
「ロード……マップ?」
「小難しいことを言っているけれど、要するに設計図とでも言えば良いのかな。自分の未来を想像して、どういうハンターになるのが良いか……。その手っ取り早い考え方の一つが、武器。私は見て分かる通り、大剣。そしてユーくんは拳銃。拳銃が一番扱いやすいと言えば扱いやすいのよ? だって、重くないからね。大剣って、これでも結構な重量があるから、最初はなかなか扱いづらかったんだから」
「でも、今は十分に扱えているんじゃない。……良い鍛冶職人を見つけたわよね、ほんとうに」
「オーダーメイドということなんですか? その大剣は」
「あれ? もしかしてユーくんからその辺って聞いていないのかな? ……あー、ユーくんは他人にはあまり口出ししないからねぇ。それに、他人の情報をべらべらと喋る人間でもない。コミュニケーションをとるのが苦手、といえばそれまでなのだけれど、それがユーくんの取り柄とも言えるのかなぁ」
「結構ほの字だったんだぞ、マリーはあの子に」

 レティシアの茶々を聞いて、顔を赤らめて抗議するマリー。

「もう! そういうことはべらべらと言わないで、って言ったじゃない! ……口が軽いんだか、重いんだか、全く分からないわよ……」

 マリーはぷんぷん怒りながら、しかしここにやって来た目的は忘れていない様子で、防具を吟味してはルサルカを見て、ルサルカが着たらどういう感じになるか、イメージトレーニングをしているようだった。
 



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