8 見習いハンター
次の日、ユウトとルサルカがやって来ていたのはハンター連盟の集会所だった。ユウトはハンターだから、集会所にやって来るのは別に違和感はないのだが、何故ルサルカも連れて来る必要があったのか、と言えば――。
「……しかし、ルサルカをハンターにしろ、というのは幾ら何でも突拍子過ぎるよなぁ……」
ユウトは昨晩のことを振り返る――。
◇◇◇
「ユウト。ルサルカをハンター登録させてみるのはどうだい?」
マスターからいきなり言われたその言葉は、ユウトにとっては想定外の発言だった。
想定外どころか、そんなこと考えてすらいなかった。
「……ま、マスター。いったい何を言っているんだ……?」
「何を、って簡単じゃないか。ルサルカは遺跡に居たんだろう? そして、家族を求めている……。遺跡には沢山の遺物が残っていて、それを取りに行けるのは、少なくともハンターだけだ。ハンターじゃなければ、簡単に外に出ることは出来ない。色々と申請と承認が必要だ。そして、それは非常に難しいだろうね。……ユウト、アンタだって面倒ごとは避けたいんだろう? 実際、ハンターであれば色々楽であることは間違いないじゃないか。ハンターライセンスさえあれば、外出は顔パスだからねぇ」
「そりゃあ、分かるけれどさ……。ハンターなんて簡単になれるもんでもないだろう? 特に、危険な仕事でもある訳だし……」
「何だい、ユウト。ルサルカのことを心配しているのかい?」
マスターからそう言われて、ユウトは何も言えなかった。図星だったからだ。
「……私のこと、心配してくれているの?」
「心配していなかったら、俺はアンタをずっとここに置いておくように頼まない。身ぐるみ剥がして何処かに売り払う人だって居るんだ。そんなハンターに見つからなかっただけ、運が良いと思った方が良いぜ」
「……ユウトは、貶しているのか心配しているのかどっちなんだ?」
「マスター、俺のことをあまり理解していないようだけれど……。一言で言えば、余計なお世話だよ」
マスターは、ユウトの言葉を敢えてスルーして、再び自らの仕事に戻るのだった。
◇◇◇
「ハンターライセンスの登録ですね。では、こちらの紙に必要事項を記入してください」
カウンターに向かうと、受付嬢はユウト達に用紙を手渡した。ユウトはルサルカにそれを渡すと、向かいのテーブルへと向かった。
「良いか、ルサルカ。一応言っておくけれど、ほんとうのことは書いちゃ駄目だ。生憎、そこまで個人情報を確認する場所じゃないから、別に嘘を書いたってばれやしないけれど……。ってか、ほんとうのことを書いたところで、誰も信じてはくれないだろうしな」
「なんで真実を書き連ねてはいけないのですか?」
至極まっとうなことを言われてしまい、ユウトは少したじろいでしまう。
「ええと、何て言えば良いのかな……。真実を書いて、もし誰か悪意ある人間にその情報が知れ渡ったら、それは大問題になるだろう? ルサルカの安心を脅かす危険性だってあるんだ。それをみすみす増やす訳にはいかない」
「……そういうものなのですか。では、納得しました」
それを聞いて溜息を吐くユウト。
「そう言ってもらえて助かるよ。……ええと、住所は俺が言うからその通りに書いてもらうとして――」
そうして、ユウトの必死なレクチャー甲斐あって、一時間後にはルサルカのハンターライセンス申請書が出来上がるのだった。
それを受付に持ち込むと、数分の時間を置いて、カードの形状のライセンスが発行される。
顔写真も何もない――訳ではなく、受付の際に一瞬撮影してあったそれを利用する。それが嫌なら拒否すれば別料金で撮影もしてくれるのだが、生憎ルサルカは何もしなくても整った顔立ちであったことから、ユウトはそれで構わないと思っていた。
「……はい、お待たせ致しました。ルカさん、これであなたもハンターの仲間入りですよ」
カードを手渡されたルサルカ――ルカ。何故名前を偽名にしたかというと、ルサルカの名前が何処に知れ渡っているか分かっていないからだ。古代文明の姫と同じ名前であるということを嗅ぎつけられたら、それはそれで厄介だ。そう考えたマスターとユウトは、ルサルカのハンターライセンスは偽名で登録しよう、ということにしたのだった。
ルサルカはライセンスを受け取ると、笑みを浮かべて頭を下げた。
「ありがとう、これで私もハンターになったんですね」
「はい。そうですよ。……それとこれが登録記念の準備金です。どうぞ!」
麻袋に入っているのは金貨二十枚だった。これぐらいあれば一週間は暮らすことが出来るだろうが、何も生活費のためにそれを渡している訳ではない。
「あれ? 俺がハンターになった時と比べると少し増えたような……。物価の影響とか?」
「ええ、その通りですね。物価は年々変わりつつありますから、それに応じて準備金も見直しているのですよ。年によって不利益が生まれるのは、良くありませんからね」
「成る程な……。よし、ルカ。そうと決まれば次は武器選びだ。良いところを知っている。……行くぞ」
「ぶ、武器……ですか。私はあまりそういったものを持ったことがないのですが……。ちょっとだけ心配ではありますね」
ちょっとどころかめちゃくちゃ心配だけれどな――ユウトはそんなことを頭の中で呟くだけに留めて、ルサルカの装備選びへと向かうのだった。
◇◇◇
ユウトとルサルカが向かったのは、メインストリートから外れた一角だった。カン、カン、と鉄を叩く音が聞こえてくる。しかし、ルサルカにはここがどんな場所であるのかはピンと来なかった。
「……ユウト、ここはいったい何なのですか?」
「幾ら何でも、あの音を聞いてもなお分からないと言い張るなら、流石に常識を疑うぜ……?」
「まーまー、そんなこと言わないでおきなよ。ルカちゃんだって、その辺りは分からないことだってあるでしょうし。ユーくんの知っている世界が全てじゃないし、ルカちゃんの知っている世界が全てじゃない。……当然、アタシの知っている世界も全てじゃないのよ。それぐらいは分かるかな?」
何故マリーも一緒に来ているかというと、先程ハンターライセンスを取得した際にバッタリ会ったからだった。
二人の間で何か連絡を取り合っていた訳でもないし、お互いにお互いがここに来ることを知らずにいた。だからこそ、マリーがここにやって来ているのも不思議なことではあったのだが――。
「いやぁ、まさかルカちゃんに会えるとはねぇ。……彼女が昨日言っていた、『あの子』なんでしょう?」
「あ、あぁ。そうだ……。マスターが、どうせならルカをハンターに登録させておけば、今後のやり方が上手くなるだろう――って言ってきてさ。それを断れなかったというか、合理的だから致し方ないと思ったというか……」
「ユウト。私はこれでも結構楽しめている方ですよ?」
ルサルカは何処かワクワクした様子だった。
今まで、このようにショッピングをした経験がないのだろう。ユウトはそんなことを考えた。
「……ルカは何というか、暢気ではあるよな。いや、それが良いところだったりするのだろうけれど……」
「で、ルカちゃんのハンター装備を整えに来た……って訳ね。金貨二十枚は貰ったのかなー?」
「横でやり取りを見ていたくせに、つまんねー質問するな。金貨二十枚って、ぶっちゃけトントンだと思うけれどな。足りないかもしれないが、それは目を瞑るしかねーよ」
「ん? そう言うってことは、追加の資金でも持って来ているのかにゃ?」
マリーの言葉に頷くと、ユウトは腰に装着したポーチから麻袋を一つ取り出した。少し揺らすと、金貨と金貨がぶつかってジャラジャラと音を立てた。
「……マスターも張り切っちゃってさ。二日働いた分とお駄賃として、金貨十枚も貰っちゃったよ。二日働いてこれだけ貰えるって、ぶっちゃけめちゃくちゃ破格だよ……」
「……まぁ、潤ったのは事実じゃない? 昨日噂で聞いたもん、『アネモネ』に可愛いメイドが居るって……。ったく、どいつもこいつも女には目がないんだよなぁ。でも、目の前にこんなに可愛い美少女が居るのに、あいつら何処に目を付けているんだか」
「お前のこと、女だと見ていないんじゃな……嘘です、だからそのナイフを首に突き立てようとするのをやめろ! な、やめよう、な! 俺が、俺が悪かったから! もう絶対に言わないから!」
ユウトの必死な謝罪によって、マリーはナイフを首筋から離して仕舞う。仕舞うのを確認してから、ユウトは安堵したように深々と溜息を吐いた。
「……ふぅ。何というか、冗談が通用しないよな……。いや、今のは軽口を叩いた俺のミスだけれどさ」
「ミスをミスだと理解しているなら、未だ良いよ。……酷い人間は、自分がヤバイ言動をしたと理解していなかったりするからにゃー、困ったもんだよ。いったい何処でどういう暮らしをしていりゃ、そんな風になるんだろうね?」
「俺に言われても困る。……で、どうしてマリーはルカの装備選びを手伝ってくれることになったんだ?」
「まさか、ユーくん、女の子の装備選びを男の子が出来ると思っていたのかにゃー? だとしたら、そいつは大きな間違いだにゃー。きっと防具屋に行ったところで変態扱いされて、その店を出禁になるだろうね」
「……で、出禁だって……。それだけは勘弁願いたい!」
何故ユウトがそこまで怖がっているのか――それはシェルターの構造に起因する。
シェルターには幾つかのカテゴリに分けられて設計されており、商業区に当たるエリアには、それぞれお店の数が限られて配置されている。たとえそこが廃業したとしても、次に入るのは店舗数の割合に応じた業種に限られる。つまり、武器屋だろうが防具屋だろうが、そのうち一店舗でも出禁になってしまえば、購入出来る物の広がりが狭まってしまう。ユウト含め、ハンターはそれを恐れていた。
「……ユーくんもやっと気付いたかい。つまり、女の子の装備を揃えるなら同じ女の子とペアになった方がやりやすい、って訳。色々調べるのも楽だしね。……理解したかな、ユーくん?」
「はい……、十二分に理解しました……」
「それは結構。……さてと、先ずは防具を揃えようかねぇ。アタシがお気に入りの防具屋があるんだ。女性しか入ることが出来ないし、店主もちょっと変わっているけれど、見る目だけはあるからね。アタシが信頼している防具屋だし、秘密は絶対に漏らさない。……どうだい、ちょっとそこに行ってみないか?」
「女性専用……ってのが引っかかるが、マーちゃんが良いと言うなら、悪くないところなんだろうな。でも秘密を漏らさないというのは?」
ユウトの問いに、マリーは唇に人差し指を当てて、
「……平たく言えば、闇市みたいなもんかにゃー。ハンターが遺跡で落としたり死んでしまって持ち物としては宙に浮いてしまった物を取り揃えているお店があるんだよ。まっ、そこならきっと欲しい物が手に入るよ、ちょっと値は張るけれどねぇ」
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