11 調査開始


「情報の質に依る? そんなもの、完璧だと言えますよ。私の持っている情報は、純粋な情報でしかありませんから。……ファントム? でしたっけ? さっき宿場に入ろうとした時に怪しい格好をした少年を見かけましたよ。ローブで全身を覆っていたので、もしかしたら少女かもしれませんけれど。これって、情報に成り得ますよね?」
「なる……かもしれないけれど、えっ? それだけ? それだけのために、銀貨四枚も要求したの……」

 マナは茫然自失となりながらも、薬師に問いかける。
 薬師は頷きながら、さらに話を続ける。

「いや、正確に言うともう一つだけ情報はありますよ。私が薬師として商売している間――宿の出入口は開いていましたから、そこから路地裏への道は見えていたのですけれど、そこから誰も出てきていなかったんですよ。……警察官がやって来るまでの間に」
「……何だって?」

 薬師の言っている発言は、すぐに理解することが出来なかった。
 当然と言えば当然だろう。路地に繋がる入り口には、少年か少女が入っていって、それっきり誰も出てきていない――そんなことが理解出来るだろうか。
 しかし、路地ということは何処かに繋がっている可能性すら有り得るが――。

「――有り得るのか、そんなこと? あの路地って、確か突き当たりは工事中で常に作業員が居たはずだよな?」

 そう。路地の向こう側では、水道管の張り替え工事を行っていた。そのため、作業員が道を塞いで作業をしていたし、仮にそこを通ろうとする人間が居ればその作業員が見ているはずだった。
 にもかかわらず、その作業員が口を揃えて、こう言っている。――そんな人間は、見ていない、と。

「……そんなこと、有り得るのか……? 人間が消える、なんて……」
「有り得る、有り得ないの問題じゃないよ、ユウト。……実際に起きているんだ。現実を受け入れよう」

 意外とマナはあっさりと薬師の言葉を受け入れていた。
 薬師の言葉を百パーセント真実であると理解するのは、正直ユウトはなかなか難しいものであると思っていたが、マナはそこまで難しいことは考えていないようだった。

「真実か真実ではないか――それを考えるのは今じゃないからね。証拠さえ集まれば、それを証明することは容易なんだか、今はどんなものであろうとも情報を仕入れておけばそれで良い」
「人間が消えるという話は、耳に入れておくことにするよ。……いずれにせよ、普通の出来事が起きていない、というのは事実だ。もしかしたらトリックがあるかもしれないしね」
「トリック……ねぇ。こればっかりは実際に見てみないと何とも言えないね。流石にもう警察の捜査は終了したかな? 終了しないと一般市民があそこを通る訳にもいかないしな……。まあ、ただの路地だから別段問題ないのだろうけれど」
「少しは役に立ちましたかね?」

 薬師の問いに、マナは頷く。

「少なくとも、方向性は見出せたわ。あなたのお陰よ。……かと言って、追加料金は払おうとは思わないけれど。まぁ、安心して! ここのハンターがあなたを贔屓にするつもりだから」
「聞いていないぞ、そんなの」

 ユウトはマナに耳打ちする。

「それぐらい飲みなさいよ、男の子でしょ」
「ここで男の話を持ってくるのは違うような気がするが……。あぁ、もう、仕方ないな」

 ユウトは諦めモードで姿勢を正すと、頷いて薬師に言う。

「あぁ、タイミングにも依るかもしれないけれど、贔屓にさせてもらうよ。それで良いだろ?」
「いやぁ、そこまでしてもらえるなんて有難いですねぇ。個人でやっている薬師なんて、贔屓のお客さんが一人増えればそれだけで食い扶持が保てますから。有難いことですよ、全く……」

 ユウトは薬師に対して、文句の一つでも言いたいところではあったが、しかしながらこの状況では言えないままであった。
 一先ず、これ以上の収穫は見込まれないだろう――マナとユウトはそう判断し、薬師とは別れるのだった。


   ◇◇◇


「薬師の情報は、割と普通の情報だったわね。銀貨四枚は正直ぼったくりかも」

 集会所を出て少し歩いたマナは、開口一番そう言い放った。

「だったらその場で言えば良かっただろ。その情報は銀貨四枚には相当しないから返金してもらえるか、って」
「情報屋というのは、信頼に基づいて行われる職業なのよね。……つまり、相手と自分の間に信頼性があって情報のやりとりが為される、ということ。だから、こればっかりは別に問題ないと思うよ。情報屋としての、情報の吟味に失敗したってだけの話」

 とは言っておきながらも、マナは未練が未だあるように見えた。自分は別に後悔していない、というスタンスを貫いているように見受けられるが、実際のところはテンションが多少低い。

「……負け惜しみなら、さっさと忘れて欲しいものだけれどね。取り敢えずは、もう一度現場に向かってみることとしよう。……ほら、良く言うじゃないか。犯人は必ず現場に戻ってくる、って」
「それ、もし成立したら一番狙われるのは私達ですよね……?」

 マナの言葉に、ユウトは苦笑いをすることしか出来なかった。
 現場には、既に警察官の姿はなかった。かと言って、この先の出口が工事で塞がっているために、ここを利用する人間は皆無だ。しかし、ユウト達にとってはそれが有難いことであって、現場状況を再確認したいマナとアンバーにとっては最高のチャンスでもあった。

「しかし、現場を確認したい――とは言ったものの、実際にこう見てみるとそこまで酷いものでもないというか。血液を洗い流して、死体を何処かに持って行っただけか?」

 アンバーが分析してみるものの、実際はそうではない。血液を洗い流してはいたが、全て洗い流された訳ではなく、少し地面を見ると血液が残っている箇所がある。とはいえ、先程の様子を思い返してみると、壁に血液がべっとりと塗りたくられていた惨状と比べると、今は九十パーセント以上綺麗になったと言えるだろう。

「……血液は凝固してしまいますからね。ミュータントだろうが、人間だろうが、それは一緒だと思いますけれど。しかし、少しはまともに綺麗にしてくれるもんだと思ったけれどなぁ」
「壁を綺麗にしたのは、持ち主の問題じゃない? ほら、ここの壁……つまり、家屋の持ち主は流石に血液がべっとりとついている壁をそのまま放置したくないし、自分は被害者なんだから警察が綺麗に落とせよ――と文句を言いたくもなるんじゃない? こればっかりは、実際に家を持っていないから分からないけれどね」

 マナの理屈も分かる。しかしながら、理屈をどうこねくり回したところで、理屈は理屈。現実の事実を受け入れることが出来たとしても、それを理屈で跳ね飛ばすことは不可能に近い。理屈というのは言葉で捲し立てるための手段であって、事実を揉み消すことは不可能だからだ。
 マナは改めて事件現場を確認する。石畳のストリートは、左右にしか道が存在しない。そのうち右は元々やって来た道であって、アネモネの入り口があるメインストリートへと続いていく。そして左の道はまた別の場所に繋がっていた道ではあったが、今は道路工事に伴い接続されていない。仮にそこを通る人間が居たとしても、工事の作業員が目撃しているはずだ。そして、先述の入り口は薬師が常に確認していた。
 不審者たる少年または少女が路地に入ってから警察官が入ってくるまでの間、誰も入っていない。そして、誰も出てきてはいない。つまり、その少年が被疑者或いは重要参考人として警察の事情聴取が必要たる存在であると言えるのだろうが、残念ながら少年はローブを深く被っており、人相を確認することが出来ていない。少年か少女かすら分からないぐらい、ゆったりとしたローブを羽織っていたというのならば猶更だ。

「……どうしましょうね、この事件? 私は探偵ではありませんし、昔の名探偵が持っていたと言われているような灰色の脳細胞も持ち合わせてはいませんけれど、少しはこの事件について考え直さないといけないのでしょうかね?」
「そんなこと俺に言われても困るな。今回の事件、もとい事象はお前が持ってきたものだろ。だったら、情報屋であるお前が事件を解決しろよ。話はそれからだろ」

 突き放すような物言いではあるが、しかしそれは事実だった。今回の事件を持ちかけてきたのは、他ならぬマナだった。ユウトとルサルカはそれに巻き込まれただけに過ぎない。アンバーは元々今回の事件を追いかけていたのだから無視するとしても、その事件を解決するのは自分ではない――と言うユウトの言い分も間違ってはいなかった。

「ユウト、少しは同じ釜の飯を食べた人間を助けると思って、知恵を貸しては頂けないんですか。……別に事件を私の代わりに解決しろ、とは言いませんよ。最悪、私が事件を解決しなくても警察に事件を解決してもらえばそれで良いんですから」
「……いや、それはそれでどうなんだ?」

 ユウトの言葉を余所に、ルサルカは地面をじっと見つめていた。

「……ルサルカ。そういえばずっと地面を見ているけれど、一体どうしたんだ?」
「もしかして、何か見つけたのかい。ルカちゃん、頼むよ、私に何か活路を見出してくれないか……!」

 最早神頼みをするマナに、溜息を吐くことしか反応が出来ないユウト。
 ルサルカはじっと何かを見つめていたのだが、やがて石畳の端っこにある石に指を引っかけた。

「……おいおい。幾ら何でも石畳を知らない訳はないだろう、ルサルカ。石畳というのは、石を並べて隙間を固めているから、そんな石なんて外れないようになっていて――」

 かぽん、という音を聞いてユウトは目を丸くした。いや、正確にはユウトだけではなく、マナやアンバー――それに石畳の石を外した張本人であるルサルカさえも目を丸くしていた。
 石を外すと、そこには錆びた鉄板が置かれていた。つまり石畳はフェイク――そう実感したアンバーはルサルカの隣の石畳を解体していく。少し引っかかりはあるものの、然程力を必要としない。どんどんと外れていく石畳は、やがて隠していた鉄扉を露わにさせた。

「……これって、どういうことだよ?」
「隠し扉、という奴だな。シェルターには色々とあると言われているが、まさかこんな場所にあるとは……」

 アンバーはそう言いながら、取っ手に手をかける。
 少し力を加えただけで、扉はゆっくりと開いていく。使われていない扉であるならば、錆び付いてしまって動かなくなってしまったり、或いは動きが鈍かったりするのだが、そんなことは全くなく、非常にスムーズに開かれた。
 中には梯子が闇深い地下へと広がっているのが確認出来る。そして、それを見たアンバーは間髪を入れず、中へ入っていった。

「おいおい、マジかよ……」
「ここで中に入らなかったら、ジャーナリストとして駄目だからね。まぁ、およそ見当はついているよ。ここが何処に繋がっているのか、ということはね」

 そうして、アンバーを先頭に、ユウト達は地下へと入っていく。
 シェルターの地下は、ハンターの大半ですらも把握していない――シェルターの闇とも言える場所であった。ユウトもシェルターに地下があることは、噂程度でしか聞いたことがあるぐらいで、それ以上の情報は仕入れていなかった。
 梯子を降りると、少し遠い位置に松明の明かりが見える。ただの地面ではなく、水が流れている。どうやら下水道へと繋がっているようだった。

「……何処へ向かうんだ、俺達は?」
「まあまあ、ついていけば分かるよ。君だって、噂の一つぐらい聞いたことはないかい?」

 やがて松明の明かりに辿り着いたユウト達は、その松明の下に置かれている看板に目をやる。
 そこにはこう書かれていた――この先、第一貧民街。

「貧民街……?」

 ユウトの呟きに、アンバーは答える。

「シェルターには何も地上だけが存在している訳じゃない。光あるところに陰もある。そして、貧民街はその陰だよ。シェルターの『暗部』……、それが貧民街だ」




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