第一章6


「そんなもんかな――」  ぼくはクーリッシュの蓋を開けながら、独りごちる。  クーリッシュって美味しいんだよな。アイスクリームなのに飲める、というのが良いというか。片手で食べられるし、それにフレーバーもそれなりに多いし……。  ちなみに高徳が買ってきたのはバニラ味。普通ではあるけれど、スタンダードであるが故に美味しさを追求しやすい。爽とかだと、氷の粒が入っているからかシャリシャリするんだよな、それもそれでまた良いのだけれど。  クーリッシュはちょうど良く溶けていた。クーリッシュを知らない人間がもしかしたら居るかもしれないから、一応説明しておくことにするけれど、クーリッシュはそのままではアイスクリームが硬すぎて吸い出すことが出来ない。良くある普通のカップアイスそのものだ。  だから、クーリッシュは柔らかくする必要がある。容器を揉み込んだり、暫く放置したり……。ほら、凍っているペットボトルのスポーツドリンクがあるだろ。あれだって、少しずつ溶かしながら飲むのだけれど、あんな感じだ。 「……買ってきたおれが言うのも何なんだけれど、冬にアイスというのはどうなんだろうなあ……。こたつで食べるならまだしも」 「別に良いだろ、それぐらい。こたつで食べようが食べまいが、冬のアイスってのは乙なもんだよ。暖かい部屋で敢えて冷たいものを食べる……何だろうね、背徳感に近しいものがあるかな?」 「背徳感、ねえ。それはどうだか……。でもまあ、否定するつもりはねーよ。だって普通に売っているからな。メーカーが推奨しているんなら、そこについては否定するつもりないしな。おれは寒がりだから食べないけれど」  そう言っていた高徳は、確かにホットミルクティーを飲んでいた。そこについては本人の体質もあるし、ぼくも否定するつもりはないのだけれど、でも寒がりってのも可哀想だよな、と思ったりする。だってぼくみたいに冬にアイスを食べることすらしようとも思わないんだから、つまり楽しみが一つ失われることになっている訳で。 「そうかね。おれはあんまりデメリットとは思っていないけれどね……。あと、冬に暖かいものを食べるのも良いんだよ。焼き芋の旨さは知っているだろう?」 「知っているよ、それぐらい……。でも、冬に冷たいものを食べる醍醐味も、冬に暖かいもやを食べる醍醐味も、それぞれある訳だよ」 「でも焼き芋はコンビニにはあまり売っていないんだよ。なかなか食べたいな、と思っても……」  いや、焼き芋はそうなかなか食べたいとは思わないというか。そりゃあ、売っていれば食べたい時もあるけれど、スーパーで見つかれば充分だよなあ……。  本題がズレてしまっているけれど、そろそろフェードアウトしつつある話を無理矢理にでも軌道修正しないとな。 「……レディ・ジャックについて、何か情報は?」 「ああ、そうだよな、それだよ。それを話に来たんだよな。レディ・ジャックだが……、切り裂きジャックの模倣犯というのが、今の所のスタンスらしい。或いはそういう解釈とでも言えば良いのかな」 「模倣犯が出てしまうぐらい、切り裂きジャックってのは有名だからな……。スマホゲームにもモチーフのキャラクターが出てくるぐらいだし」 「切り裂きジャックってのは、どういう殺人鬼だか知っているか?」 「まあ、聞いたことがあるぐらいかな……。イギリスだったっけ? 海外も結構猟奇的な殺人鬼は多いような気がするけれど、中でも知名度は抜群だからな。あと、おれも調べた程度の知識しかないんだけれど……、腹を切り裂いて内臓を抜き取ったりしたらしいんだよな。それが猟奇的な殺人だったから、切り裂きジャックは印象に残る殺人鬼だと言われている訳だよ。……最後の言葉は主観だけれど」  主観で物事を語らないでくれ。  別に主観が悪いとは言わないけれどさ。 「レディ・ジャックについてはあまり聞いたことはないけれど……、それを踏襲しているということなのか?」 「踏襲という考えが合っているのかどうかは分からないけれど、しかしそれは正しいだろうな。実際、切り裂きジャックに似ているやり方なのだからレディ・ジャックと名付けたのだろうけれど、それはあまりにも安直だと思うしな」  レディ・ジャックについて、少しでも情報を得たかった。  何故レディ・ジャックが瑞希を殺害するに至ったのか――そこについて、どういう状況なのかを分析したかったし、出来るならば何か一つ報いたい気持ちがあった。  でも、一言だけ言えることはあった。  殺人鬼に立ち向かえるだけの実力も勇気も――今のぼくには何一つ持ち合わせていなかった、ということだ。  ぼくは弱い、ただの人間だ。  でも、人間だからこそ、報いたい気持ちが大きくなる。ネコはネズミが好きだけれど、いつも食べられる側のネズミだって、たまには反撃したい時もあるはずだ。トムとジェリーではないけれど。  今のぼくは、多分――そんな感じだ。

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