第一章11


「………………は?」

 それを聞いて、ぼくは耳を疑った。
 レディ・ジャックがぼくの幼馴染である瑞希を殺害した――これは紛れもない事実だったはずだ。何故なら犯行手段が酷似していたこともあり、そこについては疑うこともありはしない。
 けれど、レディ・ジャックは言った。
 昨日は――人を殺していない、と。
 それはつまりどういうことだ?

「……あー、そういうこと。とどのつまりが、食い違いだったって訳ね……。そこについては色々と文句を言いたいこともあったけれど、しかして現実を変えなくてはならないのは事実だよな。現実を見なければならないし、そうしなければ現実を変えることも出来ないし」
「食い違い?」

 記憶の思い違いではなくて?

「……簡単に言えば、贋作だよ。ありゃあ、出来が悪い贋作だ。真贋判定をしたら、ものの数秒で見分けが出来ちまうぐらいのね」

 贋作。
 その単語の意味を、知らない訳ではない。
 つまり偽物であるということ。
 レディ・ジャックには偽物が存在する――そう言いたいのか?

「贋作……と聞いて、きっとそっちはこう思っているだろうね。そんなこと有り得るのか? そちらが言っている嘘ではないのか? って。……しかし、それは確かにその通りだ。そう考える人間が出て来ても致し方ないのは、紛れもない事実だ。でも、これについてはこう言い切るしかない。あれは、しょうもない贋作だ」

 二度も言った。
 昨日、瑞希を殺したレディ・ジャックは贋作であり――つまり、自分が殺したものではない、ということを。

「あたしだって困っているのさ。出来の悪いコピーだからね。出来が悪いのに、ポイントだけは抑えているから――側から見れば、どちらの殺人も同じレディ・ジャックに見えてしまう訳だ」
「レディ・ジャックが二人……少なくとも二人居る根拠は? そして、自分が昨日殺人をしていないという証拠は?」
「証拠……証拠かー。確かにそれを言われるとは思っていたけれど、いざそれを言われてしまうとそれはそれで問題が起こるものだね。ええと、どうすれば良いかな……」
「証拠がないのなら、認めることは難しいよな。……何せ、それが人間っていう生き物なんだから」

 人間は嘘を吐く生き物でもあることは、ここでは敢えて明言するつもりはないけれど。

「じゃあ、一個教えてやる。贋作とあたしの犯行は細かいところに差異がある訳だけれど……、その細かい差異ってのはな、例えば人間の筋肉をうまく裁断出来ているかどうか、そしてもう一つ教えるとするなら……、写真だ。あの現場に写真は落ちていなかったはずだ。そうだろう?」

 写真? ぼくは慌ててニュースアプリの記事を確認する。地方紙のごくごく小さい記事だけれど、ちゃんとスマートフォンでも読むことが出来た。そして、その記事の最後には――。

「――今回は『写真は一枚も見つかっていない』……?」
「細かいところに気が付いてはいるけれど、何故かマスコミはそれらをまとめて一人の殺人鬼による犯行だと仕立て上げようとしているんだよな。ほら、これが写真だ。見るかい? 多分一般人には刺激が強過ぎると思うが」
「……いや、遠慮しておく」

 見たところで何か精神衛生上良くないとは思うし。それについては、異常者同士で共有してくれれば良い。別にそこについては関与したくない。

「……でも、マスコミはそう思っていても、警察はそうは思わないんじゃないか? 模倣犯が出て来ていると判断しても――」
「判断はしているだろう。けれど、めんどくさい領域になっているのもあるし、或いは……未だそこまで辿り着けていない可能性すら有り得る。いずれにせよ、犯人探しは得意ではないからね。今の警察は」
「じゃあ、どうすれば良いんだよ……」

 警察ですら未だ見つけていない情報を、ぼくはどう処理すれば良いのか。

「……だから、チームを組まないか? 顔も名前も知らない、今会ったばかりの青年よ」

 さらにもう一歩、こちらに近づいた。
 そうすると家の前の電灯にレディ・ジャックが照らされて、漸く彼女の顔や姿を見ることが出来るようになっていた。
 赤い髪に、フード付きのパーカーを着た少女だった。背格好はぼくより小さく、言われなければランドセルを背負っていても違和感はないくらいだ。
 



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