第一章12


「……ジロジロ見て面白いか?」

 ぶっきらぼうに、投げ捨てるように、レディ・ジャックは言った。
 身体のことはコンプレックスでタブーなのかもしれない。ぼくは別にそこで弄るような人間ではないし、節度もTPOも弁えている――仮にここでコンプレックスを弄ったら、確実に次のレディ・ジャックのターゲットはぼくで、明朝にはバラバラ死体の出来上がりだ。

「いいや、何も。面白いとは思っていないよ。人間は誰もが同じ物を持ち合わせている訳ではなく、僅かな違いがあってこそ……だからね。昔の詩人が言っていたっけ、『みんな違って、みんな良い』って」
「薄い感想だな」

 レディ・ジャックは乾いた笑いをする。
 薄いかな――別にそうは思っていないのだけれど。あまり考えずに、話の流れだけで回答しているとでも思われているのだろうか。だとしたら心外だ。
 何故ならぼくはきちんと物事を考えているからだ。こんなシンプルで当たり前のことを何故今更明言しなければならないのか、という話になってしまうけれど――きっとレディ・ジャックはこういうことを平気でされ続けてきたのかもしれない。
 犯罪者の九十九パーセントは、何故犯罪者になったのかという理由が存在するという。生活に困窮している、ストレスが溜まる環境である、家庭環境に問題がある――エトセトラ。ただし、仮に環境の問題があったとしても、犯罪は犯罪で、それが適用されて刑が軽くなることは少ないイメージだ。あまりにも酷い――つまりなるべくしてなった、被害者にもそれなりの非がある――場合は情状酌量の余地があるらしいけれど。

「レディ・ジャック……君は、」
「あー、辞めてくれ、同情しようとするのは……。あたしはそこまでアンタのことを信用している訳でもないし、ペラペラとあたしの過去を話すつもりも今はねーよ。とにかく言いたいことは一つだけ。――アンタ、チームを組まないか?」

 チーム?
 つまり、共同戦線ということか。

「アンタは雰囲気からして大事な存在をあたしの贋作に殺された。そうだろう? だから、アンタは贋作を探したいはずだ。一方、あたしだって贋作を探している。あたしが関わっていない事件もあたしの犯行だと思われてしまうのは、癪だからな。あたしはこれでも一定の美徳があるんだよ、一般人にはきっと分かってくれやしないだろうけれどな……。その美徳を汚されて、あたしは今苛立っている。その贋作を見つけ出して、贋作を潰してやりたいぐらいにはね」

 つまり、お互いにメリットがあると――そういうことか。
 ぼくは、瑞希の仇のために。
 レディ・ジャックは贋作を潰すために。
 お互いに贋作を探しているならば――贋作を探すための共同戦線を張るのは間違っていないし、合理的なアイディアだと思う。
 しかし、贋作を見つけるのは難しいことではないだろうか――ぼくは思う。
 レディ・ジャックは今まで何件もの殺人事件を仕立て上げてきた。そのうちどれぐらいが贋作によるものなのかは分からない。ニュースで見たってきっとそれは分からないのだろう。
 つまり、贋作を見分けるための条件が分からない。
 もしレディ・ジャック本人がそれを知っていて、それを惜しげもなくぼくに教えてくれるというのなら、話は別だけれど。

「教えてやるよ、別に殺しのノウハウまでは教えるつもりはないけれど、それぐらいなら教えてやったって金を取る気はないからな。それに、基本的には一緒に行動した方が良いと思うぜ」
「何故?」
「贋作がアンタをターゲットにしないとも限らないだろう?」

 ああ――こちらの身を案じてくれた訳か。
 しかし仮にそういう機会が訪れたとしたら、こちらとしては願ったり叶ったりではあるのだけれどね。だって仇が向こうからやって来てくれるのだから。鴨が葱を背負ってやって来るのと同義だ。

「だから、アンタのことは守ってやるよ。なに、共同戦線を張るんだ。それぐらいはやってやらねーとメリットを感じることはないだろう?」

 別にそんなこと考えなくても良いのにな。
 いや、寧ろそれぐらい考えられる程に、レディ・ジャックは意外ときちんとした人間なのか――などと思ったが、きちんとした人間ならそもそも殺人鬼になりはしないので、そこについては前言撤回しよう。

「で、どうする? 共同戦線、張ってくれるよな?」


 ――こうして、復讐者と殺人鬼というちょっと変わった二人の共同戦線が、皆寝静まった夜中にひっそりと決まるのだった。



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