第二章3


 レディ・ジャックにも幸せだった頃があったんだな――そこについてはあまり言及しない方が良いだろう。ぼくとしても人の欠点に延々とツッコミを入れたくないし、そこで機嫌を損ねられたらそれはそれで面倒臭いことに発展しかねない。だって相手は凶器を持っているんだぞ?
 レディ・ジャックは番組表を見て映画を見ようかバラエティを見ようか画策しているようだったけれど、しかしながらそれをしているということは、退散する気はないという認識で良いのだろうか? 別にしばらく居るのなら問題ないけれどな。近所に見つかりさえしなければ。

「……何だよ、もしかしてあたしがここにずっと居る可能性でも考えていたのか?」
「そうじゃないのか?」
「そこについては否定させてもらうよ。一応言っておくと、あたしだって殺人鬼として――犯罪者としての自覚はある。犯罪者を匿っていたら、その人間も罪に問われる。何の犯罪だったかは忘れちまったけれど……、しかし無責任に他人の家に上がり込むのも間違っているという訳だ」

 常識というか、節度はきちんと持っているのに、どうして殺人鬼になっているんだろうか?
 もしかして、他人を巻き込みたくないだとか、そんなことを思っているのだろうか。

「……まあ、そこについては追々語っていくことにしようかね。別に話すのが嫌いな訳ではないし、信頼を置いていないからでもない。――あたしは心配しているのさ。アンタのことをね」

 心配?
 それは有難いことではあるけれど、心配したところでそちらにメリットはないだろう?

「取り敢えず……、警察は今必死になってあたしを捕まえようとしている。そのためには疑わしきは罰せずの精神で何でもかんでも罪に問おうとしている。そのために夜中出歩いている若者を排除する動きだって出て来ていた。……流石にこの辺りのニュースは確認しているかな?」
「何かそんな類いのニュースを見た記憶があると思うよ。警察も必死になって動いているようだけれど、そのどれもが空回りしている――って。マスメディアも警察を批判するのは大好きだからかな」
「可哀想だとは思っても同情する気にはならないね。何せ、警察はあたしからしたら敵だ。敵に塩を送ることをすると思うかな? あたしは絶対にしないね。アンタもそうじゃないか?」

 まあ、メリットがなければそんな行動に移すことはしないだろうな……。いずれにせよ、ぼくは結構メリットのありなしで動くところが多いので、傍から見てそれはやった方が良いべきことだ――などと言われても、ぼくのメリットが薄ければやろうとは思わない。重い腰を上げるにはそれなりの理由が必要、って訳かもしれないけれどね。

「……そりゃ、全面的に同意するよ。警察も何処まで考えているか知ったこっちゃねーからな。警察だって大小様々な事件を扱っている訳で、あたしの事件もその事件の一つに過ぎねーんだよな。だから、警察も本気になろうとしていたってそれを解決するにはマンパワーが足りねーんだ。警察官の募集は良く張り紙でも見ているだろう? あれを見るたびに警察官は万年人手不足に悩んでいて、だからこそあたしみたいな人間を放置することが出来るんだって」

 確かに警察官は人手不足だろうな……。徹夜で仕事は当たり前、いつ帰宅出来るかも分からない状況で、市民からは非難の声を浴びせられる――。自ら命を絶つ人間が続出しても何ら不思議ではない。ある時期に、派出所の警察官が拳銃自殺したケースが多発したけれど、あれって警察の特殊な環境に耐えきれない人が続出したからなんだろうな、と思うこともある。
 レディ・ジャックは立ち上がると今度こそ玄関へと歩いて行った。漸く帰宅することを決めたか――まあ、別に良いのだけれどね。ぼくは明日もそんな忙しくないし。

「まあ、定期的に連絡を取れるように、電話番号だけは交換しておくとするか」
「LINEのアカウントは持っていないのか?」

 玄関でレディ・ジャックがそう言ったので、ぼくはLINEのアカウントを持っていないのが聞いてみた。

「LINE? ああ、やっているよ。あんまり活用は出来ていないけれどな。……そうか、メッセージも送れるからそっちの方が良いのかね? だったら、そうするか」

 そういうことで、ぼくは殺人鬼レディ・ジャックを友達登録した。
 ……これ、警察官に見られなければ良いけれど。





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